第2章 その3 たこパやろうぜ
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「タコパやろうぜ!」
現在、2018年のゴールデンウィークである。
おれは言った。
それに乗ってきたやつが意外に多かったことは、誤算だった。
いや、実は、予想はできたはずなのだった。
充と香織さんにも声をかけないわけにはいかない。
この二人が加われば、おのずと大規模にならざるを得ないわけで。
※
振り返れば5月1日のこと。
桃枝さんが渾身をこめて作った料理の数々。助っ人に入った、おれと杏子さんの努力が功を奏してか、うまそうに出来上がった。
しかし味は……まさかの壊滅状態。
超激マズ料理が、親父を撃沈したのだった。
料理を口にしたとたん、親父はぶっ倒れた。
意識がなくなったのを見て、桃枝さんは悲鳴をあげた。
「そんな! そんなのいや」
「ママ、ママ、しっかりして! 大丈夫よ、山本さんはきっと、大丈夫!」
桃枝さんのスマホが鳴ったのは、そのときだった。
かけてきたのは、並河沙織さんだった。
急に『胸騒ぎがしたから』というのだ。
ショックを受けて言葉が出なくなっている桃枝さんに代わって、杏子さんが、現状を伝える。
『すぐに駆けつけるわ! 安心して、そこで待ってて!』
力強い口調で、言ってくれたのだ。
ともかく助かった!
十分後。
沙織さんは《超豪華な救急車で自ら乗り付けて》親父を病院に運んでくれた。
おわかりかと思うが。
搬送された先は、最新鋭の設備を誇る、都内屈指の巨大病院……並河クリニック。
もちろん並河社長が経営しているのだった。
※
搬送された病院で点滴を受けて、一時間後に目覚めた、親父は。
その場にいた、おれと。
杏子さんと桃枝さんを、かわるがわる、見て。
仏様みたいな……煩悩脱却したかのような清々しい表情で、穏やかに、言った。
「ああ、雅人、いてくれたのか。それに伊藤さんのご家族まで来てくださったんですか? すみません」
様子がおかしい。
記憶が飛んでる?
桃枝さんの料理を口にして倒れたなんて、覚えてないみたいだ。
「すまないな……この頃、仕事で疲れていたみたいで」
「気をつけてくれよ親父。前から言いたかったけど、仕事のしすぎだよ」
「そうだな」
力なく笑う親父。
こころなしか、ギラギラ感が、なくなったな……。
「そうだよ。仕事第一人間は困る。おれはまだ高校一年になったばかりなんだから」
倒れた原因は、親父の仕事疲れということになった。
それから一週間、検査入院。
ついでに人間ドック。
並河クリニックは年中無休という、ありがたい病院だ。
肝臓に負担がかかっているからと禁酒命令が下った、親父。
無茶ばかりしていたから、肝臓だけじゃなく、いろいろ不安がありそうなんだよなあ……。
心配だ。
なのに親父は、仕事が気になって仕方ないらしく会社の部下に頼み込んでノートパソコンを持ち込んだのを主治医に見つかって叱責され。
きつく安静を命じられていて、それからは、おとなしくしている。
おれは毎日、様子を見に、顔を出す。
病院は完全看護なので、行ったところで、おれのやることはないし、有能な看護師さんたちの邪魔になってないといいんだが。
親父が寂しがるんじゃないかって。
ところが、入院3日目、病室に行ったら、桃枝さんが訪れていたのだ。
桃枝さんは責任を感じているらしい。
会社はゴールデンウィークで休みだからと、連日、来てくれていると、ナースステーションで聞いたのである。
親父の見舞いに行くのは、しばらく控えようかな。
※
ということで、始めに戻る。
軽い気持ちで「タコパやろうぜ!」と言ってしまった、おれ、山本雅人は。
ゴールデンウィークなのに何処にも出かけていないクラスメイトたちが多いことに、驚いていた。
……そうなのだ。
タコパって、こんなのだっけ?
並河香織さんの自宅の広い庭で、盛大に催されるパーティー。
たこ焼きが一度に百個は焼けるプレートが十枚以上。
お好み焼きが焼ける鉄板が並んで。
クラスメイト全員と、家族と。
まぁ、いいか。
みんな、楽しそうだから。
検査入院しているというのに特別に外出許可をもらった、親父と。
桃枝さんが、仲良く笑っていた。
ここ大事だから、二度、言うよ。
まぁ、いいか。
みんな、楽しそうだから、さ。
親父にも、幸せになってほしいんだ……。
おれの小さい頃になくなった母さんのことが、忘れられなかったそうだから。いつまでも、浮いた話の一つもなくて、仕事一筋だった、親父にも。
そろそろ、好きな人ができて、幸せになってくれても。
いいよな? 母さん。
この物語の舞台は、2018年です。




