第2章 その2 桃枝さんの挑戦
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5月1日の夜。
伊藤さんちの玄関を入ったおれと、親父は。
驚いて、固まった。
杏子さんと桃枝さんがそろって出迎えてくれたのである。
「ようこそおいで下さいました、山本さん」
おおお桃枝さん、スーツじゃない私服! 新鮮!
「いらっしゃい! 雅人おにいちゃん!」
春の装い! ワンピースの杏子さん。
「き、きれいだ杏子さん」
「やだもう、雅人おにいちゃんたら」
ああっもう、杏子さんも桃枝さんもきれいだしかわいい!
もっと親しくなりたいけど、変なところ見せて嫌われたくないって気を張ってしまう、おれ。
親父は桃枝さんのご招待メールを受け取ったときから、もうハイテンションのまんま。
「こ、このたびはご招待をいただきまして、ありがとうございます!」
ぜったい浮かれてる!
親父め!
クラスメイトの親子同士、交友を深めたいということで、桃枝さんに招待された、おれと親父である。
「どうぞ中へ。ご遠慮なさらず」
「は、はははい! お? この動物の置物、面白いですね」
「沙織さんからいただいたんですよ。南米のお土産で、アルパカっていう動物なんです」
「真っ白だなあ。かわいいですね」
玄関に置いてあった置物が気になったらしい親父に、桃枝さなんが、並河さん夫妻からもらった由来を話しているすきに、杏子さんが、そっと、おれに耳打ちした。
「雅人おにいちゃん! お願い」
「大丈夫だ、一緒にやろう」
すぐさま台所に向かう。
冷蔵庫内チェックだ!
「おっ! 肉、魚に野菜に調味料、いろいろあるな」
「ママと西○窪駅のスーパーマーケットに出かけたの。いろいろな食材、久しぶりに買ったわ」
「これだけあれば完璧だ。ところで、桃枝さんのほうは……」
「全然だめ」
首を振る。
「まじめに料理教室に行ってるのに……」
「いいや、まだ、だめなんかじゃない。一緒にがんばろう!」
「ええ。あたしたちも手伝いたいって言えば!」
2時間経過……
※
おれたちは、ダイニングで一つテーブルを囲んでいた。
テーブルには料理を盛った大皿がひしめき合っている。
おれと杏子さんは、ひたすらハラハラしていた。
桃枝さんは、何かをやり遂げたような、達成感、そしてわずかながらの不安を漂わせていた。
親父はただ、赤くなって桃枝さんの顔を見ていた。
なんだよ! 青少年か!?
……まあいいや。
今夜は鈍いままでいてくれ。
テーブルに並んでいるのは、たくさんの料理。
ホカホカの湯気が立っている。すべて今夜、桃枝さんが作ったのだ。
正確には、ひとりで、ではない。
桃枝さんが作っている間、おれと杏子さんは、懸命に見守り、アシスタントを務め、手伝った。
がんばったのだ。
そのおかげで、見た目だけはなんとか普通に見えた。
なのに。
……味が。
なんで止められなかった、おれ。
なんで止められなかった、杏子さん。
よしこうなったらアレだ。
親父の好きなヱ○スビールで乾杯させとこう!
もちろんおれと杏子さんはウーロン茶だ。
「「「「「乾杯!」」」」
ちょっといいビールで、上機嫌な親父。
うまそうに飲んでるけどすぐ顔が赤くなる。
実は、酒に弱いんだよね。
「おお、こりゃうまそうですな!」
並んだ料理に、目を輝かせた。
「いただきます!」
大口を開けて、中身がなんだかよくわからない揚げ餃子特大サイズを、放り込んだ。
そして……
親父、撃沈した。




