第1章 その40 やばいピンチの予感しかしねえ!(ふたたび!)
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そんなこんなで四月もあと僅かで終わろうとしていた、ある日。
朝起きたら、親父が浮かれていた。
飛び跳ねるが如くだ。
「おお、おはようさん雅人」
「あれ? 親父どうしたんだよ早起きだな。雨でも降るんじゃないか」
いつも仏頂面して新聞読んでるくせに、おれより早く台所に立っているとか、あり得ないものを、おれは見た!
休日の朝でもないのに白いエプロン着けて、鼻歌まで!?
鼻歌はちょいレトロな昭和歌謡だったんだけどさ。
「雨でも降るとか失敬な。当番制なのに、結局はいつもおまえに作ってもらってるからな。たまにはやらないと腕がなまる」
「なまるっていうほど料理上手かよ。やらなくていいよ。これから仕事なんだろ。朝食なんて軽くパパッとやっちゃうからさ、いつものように座って新聞でも見なよ」
正直なところ、親父に台所に経って欲しくなかった。
親子で並んでキッチン?
そんなの小学生の時で卒業だよ。
照れくさいし、親父が隣に居ると邪魔なんだ。いい年した成人男性だよ。それなりに、かさばるわけだ。
しかし親父は動じなかった。
「まあまあ。たまにはいいだろう。ほら、もうできるからなっ。おまえこそ座って待ってろ。父さん得意なんだぞオムライス。新婚の頃、母さんも喜んで食ってくれてさ~」
おかしい。こいつはおかしい。ていうか怪しい。親父はおれに似て(あ、逆か)本来は面倒くさがりだってことはお見通しなのである。
「……昨日、会社でなんか、あった?」
昨晩はいつものように仕事で残業、その後は得意先と飲んで午前様だった親父とは、顔を合わせたものの話もろくにしていなかった。
酔っ払ってなにやらブツブツ言ってたけど……。
まさか仕事で失敗して、逃避行動か? でも、よく思い出してみたら、そのときからすでに、浮かれてた?
「ふふふふふふ。聞いて驚けっ!」
自慢げに胸を張る。
子供かっっ!
「なんと昨夜、伊藤桃枝さんから直接メールが来たんだ! 先日の非礼をお詫びしたい、つきましては食事をご一緒したい! どうだ!」
中年のどや顔って見苦しいな。
おれは軽く引いてしまうのだった。
「へー。どっかレストランにでも? 心当たりのとこあるの?」
顔がゆるみっぱなしの親父。
「いいや! それでは気が済まない。手料理でおもてなししたいと、おっしゃるのだ!」
「は?」
一瞬、思考回路がフリーズした、おれ。
……やばいピンチの予感しかしねえ!(またかよ!)
親父は知らないが、伊藤さんちの冷蔵庫に食材はゼロ! 影も形も、まったく見当たらなかった。
冷蔵庫には、飲み物しか入っていなかったのだ。
おれがお邪魔したときも、当然のように出前を取ると言ってた桃枝さん。
いつも料理なんてしていないのだ!
それなのに桃枝さんも、なんで自分からハードル上げるのかな!?
いやいや。考えてもみろ、おれ。
主婦だよ桃枝さん。
もしかしたら忙しいから料理してないだけだったかもしれないぞ。
実は、ものすごい料理上手かも!
そうだよ桃枝さんに失礼な憶測をしてしまったスミマセン!
手料理でもてなすっていうんだから、そうだよな。
考えすぎた自分が恥ずかしいぜ!
※ ※
……なんて思ってたことが、自分にもありました。
後になってみれば、ぜんっぜん、杞憂じゃなかったんだけどな!
なんということか。
なぜだかとんとん拍子に話は進み。
五月一日に、桃枝さんの、いや伊藤さんのお宅に、親父と、おれが、一緒に招待されることになっていた!
……逃げたいな、やっぱり。




