第1章 35 さあ出発だ!
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「えええ! 充が香織さんに一目惚れしてたのは知ってるけど、何がどうしてどうなって婚約ってことになった!?」
寝耳に水。
驚くしかない、おれ、山本雅人である。まさか幼なじみで兄弟同然に育った沢口充が、高校に入学して一か月だってのに、婚約するって!?
充からのメッセージが、ばんばん入ってくる。
『雅人たのむ! 幼なじみだろ、うちに一緒に来てくれ!』
「突然すぎるだろ婚約なんて、どう切り出したらいいのかわからないって……そんなの、おれにだって、わかるかよ!」
「香織も初めて充くんのご両親に会うのが不安だって」
杏子さんも、困惑し、慌てていた。
「あたし行く! 香織が困ってるならほっとけない! あたしが寂しいときいつも側にいてくれたんだもの」
「もちろん、いいわよ。親友の一大事だものね」
桃枝さんは、どんと胸を叩いた。
ハンサムウーマンだ。
「婚約は沙織さんから持ちかけたそうよ。二人がとっても想い合っているからって。可愛いわね! だから私も行くわよっ!」
ノリノリで支度を始めた桃枝さん。
スマホで沙織さんに連絡をとる。
「沙織さん、うちに寄ってください!」
通話を終えると、ちゃんとした服に着替えて化粧も整えるから待っててと、ドレッサーの前に座った。その間にも、てきぱき杏子さんに言う。
「杏子! あなたも鏡を見て、髪を梳かして制服に着替えなさい。雅人くんは制服だからそのままでいいけど、杏子が服のしわとか見てあげて」
なんと力強い!
かっこいいな、桃枝さん。
杏子さんは、おれと向かい合って立って、髪をちょっと梳かしたり手で整えたり、制服のズボンをはたいたり。
それはもう真面目な顔で。
……すごく魅惑的だ。
いかんいかん。そんなこと考えてる場合じゃないぞ。
おれ、杏子さん、桃枝さんは玄関前で準備万端整えて待っていた。
いつでも出られる。
桃枝さんのスマホにメッセージが届いた。
「来たわ!」
急いで外に出る。
桃枝さんは玄関に施錠して、しゃきっと背筋を伸ばした。
黒塗りの高級外車が滑り込んできて静かに停車した。
後部座席のドアが開き、おれたちが乗り込むと、車はすぐに走り出した。
吉祥寺から向かうのは電車で一駅隣の西荻窪だ。
あっという間に着くだろう。
「こんばんは、桃枝さん、杏子さん、それに山本雅人くん。あなた方も一緒に来てくれるなんて、とても心強いわ」
艶めいた声の美女、並河沙織さんが声をかけてきた。
大きな車だな。
十人以上乗っても充分にゆとりがありそうだ。
「あ、ありがとな雅人」
「キョウコ。ありがとう」
車内にはカチンコチンになった充と、緊張した表情の香織さんがいた。
それに巨大な白犬『牙』と黒犬『夜』の二頭だ。
香織さんが小さい頃から飼っている犬である。今は床に伏せておとなしくしている。
「カオちゃん大丈夫だよ。あたしたちも、立ち会うから」
「充がんばれ。一目惚れだろ!」
「うん。がんばるよ」
「みつる。ずっと一緒にいてね」
二人は固く手を握りあっていた。
「なんかもう、しっかりカップルじゃん! 心配ねえな!」
緊張をほぐそうと軽口を叩く。
杏子さんも。
「あのね、カオちゃん。あたしも、雅人おにいちゃんに。ずっと好きだったって、さっき告白したんだよ」
「充、そういうわけだ。おれも杏子さんに告ったから! 両思いだ!」
これには充も香織さんも驚いたようだ。
目を丸くしている。
それから香織さんは、ふっと力が抜けたみたいに、くすっと笑った。
「じゃあ、おそろいだね! キョウコ!」
「そうだよ! がんばろうね!」
手を合わせて、にっこり笑う、二人の美少女。
眼福である!
……おれって最低。




