第1章 その26 美少女スクールカウンセラーと美青年医師
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やがて数人の男子生徒が、診察室から出てきた。
中から、声がかかる。
「はい、一年C組の男子、順番はどうでもいいから入って」
順番はどうでもいいって、アバウトだな。
「サクサクやるよ! 早く」
おいおい。ゲームじゃないんだぞ。中のヒト、若いのかな。
C組男子の先頭グループは、おれとさっき会話していた名越森太郞、竹内司、宮倉宗一。それに、静かに佇んでいたので気がつかなかったが、おそらく学年で一番のイケメン男子、川野昭二と、少し遅れて駆けてきた進藤祐太郎と小林七生。
「いいから、まとめて入りなさい」
穏やかな声音だが、少々苛ついているかもしれない。
何しろ、いつの間にやら、今日、ここで、全校生徒の健康診断をやることになってしまっているのだから。
本日、放課後の部活は全部中止。
帰宅時間は少し遅くなると保護者にも連絡済み。
徹底している。
ともかく入ろう。
なぜかおれが先頭で、ドアを開けた。
そこにいたのは……。
「あれっ!? 瑠璃亜先生!? なんでここに居るんです?」
くすすっっ。
忍び笑い。たのしげな。
「瑠璃亜先生は女子の担当だって言ってたじゃないですか」
「うふふん」
いたずらっぽく、人差し指を立てて、瑠璃亜先生は言った。
「女子の方は、同僚に頼んだの。きみのことが気になったから」
「さっきの美少女スクールカウンセラーさんじゃないか!おいおい! 山本! 彼女と知り合い!? また!?」
美少女スクールカウンセラーって、なんだよ。
「なんで山本ばかり!」
という声も、後ろから聞こえたが、気にしない。
「なんでここに、あんな美少女が?」
そう呟いたのは、今まで声を発さなかった、川野昭二である。
ちょっと低めの、美声だな~。
なんか、かっこいいし。きっと中学でもモテモテだったんだろうな、川野は。
瑠璃亜さんは、ものすごい美少女なんだ。
……黙っていれば、だ。
なんとなく、ものすごい危機感が迫ってくるんだけど、どうしたらいいんだ。
螺堂瑠璃亜。
青みがかった銀髪と淡いブルーアイ。色白で華奢で、カウンセラーだし二十歳越えてるんだろうけど、見た目、十代の北欧系美少女なのである。
「それに、先生じゃないわ。瑠璃亜って呼んで。もちろん、みんなもね!」
ぱちっと、右目を瞬き、ウィンクした。
おお。なんて破壊的な魅力。
きっと、コケティッシュっていうんだろうなぁ。
誘っているのかと勘違いしそう……だよな。
色っぽさを感じてしまって、おれは、とまどい、実はちょっと、引いた。
おびえたっていうか、ぶるったっていうか。
もしかしたら、猛獣を前にした小動物の、本能的恐怖?
「へえ。やっぱり人って面白いわね」
瑠璃亜さんは、くすす、と、笑った。
「瑠璃亜。そろそろ始めないと、予定時間までに終わらない」
クールな美声が聞こえて、おれはその場に居た、もう一人の人物を見た。
銀髪の美青年?
ここ日本だぞ。瑠璃亜さんといい、このヒトといい。色白で日本人離れした顔立ちで。まるっきり北欧系の美形なんだよな。
うむむ。美少女スクールカウンセラー瑠璃亜さんを呼び捨てにするとは?
おれが軽く睨んだのを感じたのか。
美青年は、こちらを一瞥して、ふっと、笑った。
おかしい。男なのに『儚げ』だとか。あり得ない。
女子たちが見たら、大騒ぎだろうな。
「紹介するの忘れてたわね。こちらは、トオル先生。あたしの、おにいさまなの」
「えええええ!?」
「おにいさま?」
どよめく男子たち。
瑠璃亜さんは、小さな鈴を鳴らすようにころころと笑って、美青年のトオル先生の首から肩に、細く白い腕をまわして、しなだれかかった。
絶対、わざとだ。
その証拠に、瑠璃亜さんは小悪魔めいて笑ってる。
誰を標的にしてるんだ?
「面白い……面白いわ、若い人間たちって。ねえ、おにいさま。はるばる来てもらった、甲斐があったわ」
「まったくきみは、いつも無茶ばかり。先輩たちが知ったら……特にグラウ……」
「うっふふふふふふ! いいじゃない、おにいさま。どうせ、あたしたちは、向こうの世界では、もう終わってしまったのだから。こちらで、ちょっとくらい楽しんだっていいと思わない?」
「……終わりなき輪廻の果てに。もしも大いなる世界の意思が、赦すならば」
謎めいた会話。
その意味は、おれなんかには、まったくわからないけど。
ともかく、すっごい危険なにおいがした。
……充、まだ帰ってこないかな~。
思わず現実逃避してしまう、おれ、山本雅人なのだった。
※
「はいはい! みんな順番に並んでね!」
ぱん、ぱん!
手を叩く音で、おれたちは、はっと我に返った。
「あれ?」
「もう診断は終わりましたよ。みなさん、事件の後遺症や、恐怖感も残っていないようです。ですが、今後とも注意して、様子を見守ります。もし何か、精神的にも身体の面でも変化や不調があれば、すぐに言ってくださいね」
椅子に座っているのは、三十歳くらいに見える理知的な男性だった。
メガネをかけて、真面目で温厚そうな。
黒い髪は肩先で切り揃えてある。
「みなさんの、これからの担当医師。礼田トオルです」
そのとき、おれには。
礼田先生の黒縁メガネの奥の目が、ごく淡いブルーの光をたたえて、輝いたように見えたのだった。




