第1章 その23 充のファースト××!?
23
「きみとは『初対面』ね。あたしは、『螺堂瑠璃亜』スクールカウンセラーみたいなことをしているわ。新入生のみんなも、よろしくね! 悩み事とかあったらいつでも来て」
流暢な日本語で言うと、銀髪にアクアマリン色の瞳の、童顔の美少女は。にやりと、笑った。 日本名だけど、当て字っぽいような。
日本に帰化した外人さん?
北欧系かな?
おれ、山本雅人が入学した、私立旭野学園高校は、ちょっと変わった学校だ、ということは知っていた。自由な校風、個性的なカリキュラム、運動部も多方面で大活躍。全国大会の常連である。
学院の施設、校舎、設備も、どんどん増改築されていて、今もどこかしら工事が行われているらしいのだ。
だが、こうなったのは十年くらい前、オーナーが変わってから、利益度外視の経営だということも知っていたのだが。
それでも。
学校内に医療施設がある?
高校入学してから驚くことが多すぎる。
正直、ちょっと混乱している、おれなのだ。
「沢口くんなら大丈夫よ。ちゃんと面倒みるから。で、きみたちの心のケアをしなくちゃね。全員、こっちに来て。あ、男女別に、二列にね。女子は、あたし。男子は、提携する医大から、ベテランのお医者さんが来てるから」
え? 医大から?
ちょっと早くね?
しかし、他の生徒たちと一緒に、診断を受けることになった、おれは。
その頃、充がどうなっているのかは、皆目わからないのだった。
※
沢口充は、まどろみの中にあった。
寝心地のいい、ふかふかのベッドで。
大きな二頭の犬に襲われて、よだれまみれになった充。
驚くというよりショックで放心状態だった。
香織さんの飼い犬だとわかって、謝られて、ショックは受けたのだが、少し幸せな気持ちになっていた。
そこへ突然やってきたのは白衣の救急隊員みたいな男女の一団だった。
充はストレッチャーに乗せられて校内のどこかへ運ばれ、校医だという年配の男性とキレイな看護師に診断を受けシャワーに着替え、ベッドへと忙しく運ばれて、ぐったりして眠ってしまったのだ。
ふと、目が覚めたのは。
何かの気配がしたからだ。
充はまだ目を開けていないのだが、それは、どんどん近づいてきた。
ふんふんふんふんふんふん。
ふんふんふんふんふんふん。
あ。犬だ。
しかも二頭いる。左右両側から鼻を寄せられて、においを嗅がれているのだ。
(もしかすると、さっきの、香織さんの飼い犬かな……?)
そのときである。
みしり。
微かな物音。
ふいに、腹に、ずっしりと重みがかかった。
やがて重みはゆっくりと上に移動してきた。
胸が苦しい。
さらりと、冷たい感触が、頬に触れた。
くんくんくんくんくんくんくんくん……
(におわれてる…?)
「ううっ」
苦しくて目を開けてみた。
胸の上に、のしかかっているのは。
長い黒髪の美少女だ。
頬に触れていたのは少女の、さらさらの毛先だった。
「か…おり、さん?」
「ちょっと違う。香織だけど、香織じゃないの」
一心不乱に、充の顔を嗅いでいた、美少女は。
顔を上げて言った。
「おれは、じぶんがなにものなのか、よくわからないけど、おまえのニオイを知ってる。覚えがある。……おまえのエナジーは、ものすごく、おいしそうだ。『牙』と『夜』が、夢中になるのもわかる」
「ど、どどどどういう意味……」
充は、なんとか動こうとがんばった。
どうにか、頭だけ持ち上げることができた、その結果、美少女と、まともに目が合ったのだ。
アクアマリン色の瞳が、光をたたえて潤んでいる。
(目の色が……違う?)
「おれは、香織の中の一番古い意識だって、ママが言ってた。ふだんは、意識の底の方にいるんだよ。いまは……いいニオイがしたから」
再び顔を寄せてくる。
ひとしきり嗅いだあとで、少女は深呼吸した。
「ねえ。おまえ、食べても…いい?」
「え?」
みるみる、顔が近づいて。
唇が、触れた。
柔らかくて、いいニオイがして。
(あれ? ……キス? おれキスしてる? ていうかキス、されてる?)
正確にはキスではなかった。
むさぼられている、のだった。
「わふん!」
「わふん!?」
両脇にいる大きな犬たちも、鼻を寄せてきた。
べろべろべろべろべろべろ。
犬たちは楽しそうに充の顔を舐め始めたのだった。
(うわあ! まただ!)
充は声を上げたかったが、できなかった。
自称「香織だけど、ちょっと違うんだ」と主張する美少女の唇で、口を塞がれていたからである。そして、それは、
「やめなさい! 『牙』!『夜』!『ルナ』!」
美しい女性の声が、諫めるように響いてくるまで、やまなかったのだった。
「え~。だめなの? ママ」
ゆっくりと、少女は上半身を起こした。
それまで充は抗うすべもなく少女に押し倒されてキスされて(むさぼられて)いたのだったが、やっと、身体の自由を取り戻したのである。
「え……あの、いま、なにがどうなって?」
呆然とする充である。
病室であるらしい、白い壁に囲まれた部屋に、沢口充は、いた。
両脇に、二頭の巨大な犬。
身体の上には、一目惚れした相手である並河香織にそっくりな美少女が乗っていて、充を押さえ込んでいるのだった。
部屋の戸をあけて入ってきたのは、二十代といっても遜色の無い、年齢不詳の美女が、立っていた。
「だめよ、ルナ。あまり性急に食べては。彼の生命力は、おいしいでしょうけど」
「うん。お姉さまのくれる『水』と同じ、きもちいいの」
「なにを」
何のことを言っているのか充にはわからなかった。
「しばらくぶりね。沢口充くん」
黒髪の美女が、艶然と微笑んだ。




