第1章 その15 エイプリルフールお花見頂上合戦!(15)銀髪美少女は赤い髪の悪魔と因縁があるらしい
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血のような赤い髪を長くのばした、悪魔のような青年に、額を撃ち抜かれ鮮血を噴き出して倒れた充。悲鳴をあげて、必死になって取りすがる香織さん。
「おねがい。おねがい、充、おきて。目を開けてよ! だれかたすけて!」
おれ、雅人と、杏子さんも、充と香織さんのそばに寄り添っている。けれど香織さんに掛ける言葉も見つからない。
理不尽に命を奪われようとしている充。
おれの幼なじみで。従兄弟で。小さい頃から兄弟みたいに育ったんだ。
充のお母さん、妙子おばさんは、おれの死んだ母親の妹で、近所に住んでいたから何かと世話をやいて助けてくれた。
なんで。
なんで充が!?
充が死ぬ?
「いやだ」
思わず、声が出た。
「いくな。いかないでくれ充!」
充がいなくなるなんて、おれには考えられなかった。
「みつる……いや、死んじゃいや!」
香織さんが、泣いてる。
杏子さんも、いっしょに泣き崩れてる。
「おれは死んでもいい。おねがい、かみさま。みつるを、たすけて!」
香織さんが、叫んだ。
そのときだった。
闇の中に白い光の柱が立ち、一人の童子が現れた。
おかっぱに切り揃えた黒髪、黒い目。白装束に赤い袴。
「なんの修行もなしに我を呼び出すとは、あっぱれなる巫女よ。我は『神』または『神の依童』である。」
香織さんのことか?
充の命を救いたくて、自分は死んでもいいからと、神さまに願った。
その願いが届いたと、この童子姿の『神』は言う。
優しい眼差しを、香織さんに向けたのは、気のせいではないと思う。
さらに、童子神は赤い髪の青年に向き直る。
「さて、そこな異界の『つくよみ』よ。この世界は我のもの。この子等は皆、我の可愛い宝物じゃ。異界から手を出すのは、控えて貰えぬかの?」
「つくよみ?」
「月の神のことよ」
ふと、おれがもらした疑問に、杏子さんが答えてくれた。中学を卒業して来週には高校生にもなろうというのに、何歳も下の女の子に教わるとは。
あいつが? 月の神って、いや神様っているのか。
あ、いるんだよな。
現に、いま、ここに。目の前に。
もう、どんな不思議なことが起こっても、おれは驚かない。
この赤い髪の悪魔。おれは、こいつを許さない。武器はなかったか? 充が持っていたスリングショット。おれは充ほど得意ではないが、何も持たないよりはましだ。小石でもないだろうか。目を狙って……!
たぶん、ほんの一瞬のうちに、おれの狭い心の中にはさまざまな思いがうずまいた。
充のこと。弟みたいだと思ってたと気づいた。充が守ろうとしていた香織さんと、杏子さんを守るのは、おれしかいない。決意。充を撃ったあいつへの憎しみ。殺意。
「あきらめろと? この、ぼくに」
赤い髪の青年は、苦々しく吐き捨てた。
ものすごい自信過剰だな。だが、冷静に青年を観察している自分と、我を忘れそうなくらいに、ものすごく怒っているおれが、いる。
だけど本当はわかっていた。
あの悪魔に、何の力もない、おれが、かなうわけない。
「この世界の生命は我のものぞ。手出しは無用。立ち去るがよい、異界の幻影よ」
容赦の無い童子の言葉に、赤い髪の青年は、ふと、皮肉に唇を歪める。
「へええ。じゃあ、そこにいる銀のヤツはどうなんだい? ぼくと同様、異界に属してる。この時空には手出しできないはずなのに、めっちゃ介入してるよね? この子の守護精霊だって? 笑わせる。この子どもに渡した銀の弾丸! 偽装して入り込んだとはね」
「あら、気づいていたの? お互い様というものではないかしら、赤い魔女。それとも、赤い悪魔、魔の月、と?」
床に倒れている誘拐犯人たちのボスを縛り付けていた、銀色の繭がほどけた。それは銀色の霞か靄のようにゆらめいて立ち上がり、みるみる、少女の姿へと変わる。
それは、この夜、おれと充を、不思議な夜桜の道へと誘い、充に銀の弾丸を与えた、銀髪の美少女だった。
「やっとお出ましかい?」
「逃げも隠れもしてないわ。あたしは向こうの世界で死んだ、数限りない可能性の一つ。肉体の制約を逃れてここへ来た。あたしたち精霊の愛し子の魂を、あんたが不当に奪おうとしていると感じ取ったから」
「幽霊のくせに」
「どうとでもおっしゃい。甘ったれのマザコン! いい加減にして、とっとと、この世界から出ていきなさいよ。ああ、それから、こいつも連れてって。この世界の人間に憑依させるなんて悪質だわ」
銀髪美少女は、足下の「ボス」の肩を蹴った。
すると、どうだ。
ぬるりと。
ボスの身体から、赤黒く染まった雲のようなものが抜け出た。
それを再び銀色の糸で縛り上げて転がした。
「ふんっ。ここはひとまず出ていくさ。だけど覚えておくんだね、ぼくは諦めない。死ぬことなんかないんだから」
青年が手を引っ張ると、倒れていたボスの身体が、目をあけた。
金色の目だ。
「セラ……約束を、果たせ。我が魂をくれてやる……」
「悪いね。しばらくの辛抱だよ坊や」
なだめるように青年は言った。
「しばらく? そんな猶予は与えない。あなたはここではただの赤い陽炎よ。消えておしまいなさい!」
銀髪の少女は、赤い髪の青年を睨み、白いドレスに締めていた腰帯をはずして、意外なアクションを起こした。
帯を二つに折り、真ん中に銀色の弾丸を挟んで、振り回し始めた。片方の端は手首に巻き付けてある。
やがて少女の周囲に、銀色の粒子が集まっていき、小さな竜巻のようになった。
「これも、ただの方式。儀式よ」
充分に勢いをつけて振り回し、帯の一方を離した。
うなりをあげて飛んでいった銀の弾丸が、赤毛の青年の胸を撃ち抜いた。
バキッ!
おかしいくらい金属的な音がして。
青年の姿は、ふっと、ロウソクの火のように揺らいで消えてしまった。
「やっぱり中継器を飛ばしてたんだわ。奇妙なところで律儀だこと」
足下にぽとりと落ちた、赤黒い球状のものを拾って。
少女は、くすっと笑った。
「我の出番がなかったのう」
童子は、肩をすくめ、残念そうに言った。
「我ならば、もっと派手にやったじゃろうがの」
「だめよ『神』さまは。そのぶん世界で暴風や竜巻や地震が起こるんだから。あなたは、おとなしくしていることね」
「はあ。憂き世は、つまらぬものよのう……」
ひとしきり神様童子と会話を交わしたあとで、銀髪美少女は、おれたちのところへやってきて、まず、まだ泣いている香織さんを、ぎゅっと強く抱きしめた。
「おねえさん、だれ?」
「あたしのことは思い出さなくていいの。いまの、この世界の香織には、大切な人が、いるのだから」
「でも、充は……」
言いかけた香織さんの目に、大粒の涙があふれてこぼれた。
嗚咽が、もれる。
美少女は、香織さんを優しく抱いて、落ち着かせるように、背中を撫でる。
「だいじょうぶ、もうだいじょうぶよ、香織。何も心配しないでいいの。あたしがぜんぶ片付けてあげるから」
そして、その言葉通りに。
銀髪の美少女が充の傷に手をかざすと、みるみる、傷が塞がり、飛び散っていた血も消えていった。
頭が弾けていたのだ。
血と脳が……詳しくは言いたくないほど、悲惨なありさまだった。
それが、目の前で瞬時に治っていくのだから、驚いた。
おれたちが見守る前で、充は、ゆっくりと、目をあけた。
「あれ? おれ、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたも、ねーわ!」
おれは怒った。
ったく心配かけやがって!
「みつる!? みつる! みつるっ!」
香織さんは感極まって、充の名前を呼ぶ。
生き返った……!
絶対、死んでたよ……!
充は、香織さんの背中に腕を回して。
そっと、囁いた。
「香織さんの声、ずっと聞こえてたよ。ありがとう……」
エイプリルフールお花見頂上合戦! は、次回で終わります。




