第1章 その14 エイプリルフールお花見頂上合戦!(14)赤い髪の悪魔、囁く
14
おれ、山本雅人は、一週間後に高校入学予定の男子だ。同い年の従兄弟で近所に住んでいる幼なじみ、二人揃って『西○窪のバカコンビ』沢口充と共にエイプリルフールの夜、不思議な体験をしている。
思えば親父からの電話から、怪しかった。
『会社の部下たちと飲み会をしているが、帰りに井の頭公園に寄って夜桜見物に行く。食い物の差し入れを持ってこい』
普通、息子にこんなこと頼む?
まあ、うちの場合は、おふくろが、おれが小さいときに死んで、いないから。親父は寂しさを忘れるためなんじゃないかと思うが仕事漬け。料理担当はいつの間にか、このおれがやっていたのだ。
ちょうどうちに遊びにきてた充に手伝わせて急ぎ作った料理を、二人で吉祥寺まで電車の乗って運んだのだった。
待っていたのは、豪華すぎる花見の宴。
宴の主人、並河泰三という、大きそうな会社の社長と、美人の社長夫人、沙織さん。
どこか悲しげな雰囲気を漂わせた美女だ。
花見の最中に、充は、『牙』と『夜』という二頭の巨大な犬に懐かれた。
……おれには、犬っていうより猛獣にしか見えないのだが……
社長夫妻の一人娘、おれたちと同じ年頃の少女、香織さんの飼っているペットだという。その二頭が、突然、香織さんの危急を察知して走り出し、充が、それを追いかけて飛び出した。おれも、後に続いた。
そのときには、おれたち二人は、とっくに『不思議体験』に入り込んでいた。
だいたい、犬たちのあとを追ったのが、おれと充だけというのが、おかしい。走り出したときには気づかなかったけれど。
途中、出会った、自称『香織さんを護る精霊』の銀髪美少女から、充は愛用のスリングショットに使うようにと銀色の小石のような弾を託された。
夜桜の道を通り抜けて、導かれるままに進む。
そして、おれと充は、怪しい男達が潜んでいる家にたどり着いた。
香織さんと、友達の伊藤杏子さんという少女が、縛られて捕らわれていた。
高額の身代金を狙った誘拐事件だったのだ。
Gパンをはいて、自分のことを「おれ」と言う、男の子みたいな香織さんと、一緒にいた、可愛い杏子さんを、どっちがターゲットの社長令嬢なのか判断しかねて二人とも誘拐してきたと言っていた。
ただ、不思議なのだが、香織さんと杏子さんは、七、八歳くらいだった。
社長夫妻からは、おれたちと同じ年頃だと聞いていたのに。
だが考えている場合じゃない。
助け出すんだ。
二頭の猛獣の助けを得て、誘拐犯のボスを充はかろうじて倒した。それでも自称『精霊』のくれた弾でなければ倒せなかった。バケモノじみて頑丈な巨漢だった。
一方、おれは、杏子さんを捕まえていた二人の男を、殴り倒した。
奴らに逆らったために、杏子さんが乱暴に連れて行かれそうになったのを見て、おれはキレたのだった。目の前が真っ赤になる、なんて状況は、初めて経験した。相手が倒れても、拳が切れてつぶれても殴っていた。過剰防衛だと言われそうな行動だったことは認める。杏子さんが止めてくれなかったら、いつまでも殴っていたかも知れなかった。
そして、今。
誘拐犯たちのボスは倒れている。
充が自称『精霊』だと名乗っていた銀髪美少女から貰った弾丸が、ボスにぶち当たってほどけて、銀色の靄になった。その靄が、ボスをモスラの繭みたいにぐるぐる巻きにして捉えているのだ。どうなっているのやら。
しかし、おれが驚いたのは、そこではなかった。
ボスの側に立っている、鮮血みたいな真っ赤な色の髪を長くのばした青年の姿だ。
ついさっきまで、こんな人物は、存在していなかった。
男とも女ともつかない美しい顔は、けれど空恐ろしいほどに悪意に満ちていて。
そいつは、言った。
「そこに倒れてるやつと約束したからさ。香織を渡しておくれでないか」
もちろん充は、はねつけた。
背中の後ろに、香織さんを庇って。
「香織さんを渡せ? そんなことできるか!」
「おやおや。どのみち、この世界では死ぬはずだった子だよ。このぼくと同類、闇の中にいるのが似合う。仮に生き延びても、こいつの手に落ちて、いずれは闇の魔女になるべき存在なんだよ。運命に抗えるものか」
「知るかクソ野郎!」
いつも乱暴な口などきかない充が、激しく憤って叫んだのを、おれは初めて見た。
「この子は、誰にも渡さない!」
「ははあ」
納得したよと、赤毛の『悪魔』は、せせら笑った。
「愚かな人間の牡。身体が目当てか? 魔女に手を出せば身の破滅だよ?」
「バカか!」
充は吐き捨てる。
「おれはそんなことしないっ! 無事に連れて帰るって、この子のお父さんとお母さんと、約束したんだ」
「ふぅん。つまんない答えだな。……なら、死ね」
赤毛の悪魔は嗤って、長い指を、伸ばした。
「弾けろ」
とたんに、真っ赤な血の珠が、充の眉間の中央を貫いた。後ろにのけぞった充の、頭部から、血が、肉片が、吹きだした。
「ああああああああああああああああああ!」
香織さんは、絶叫して。血を吐いた。
後ろに倒れ込む、充を抱きしめて。
「いや! こんなのいや。だれか、このひとをたすけて!」
「あれれ。短い間に情でも移った? じゃあ、提案がある。そいつの命を助けてやるよ。そのかわり、ぼくとおいで。ここに倒れてる男は出来が今ひとつだけど、おまえがいれば闇社会の帝王になれる。おまえは闇社会に君臨する女王、『黒の魔法使いカルナック』に、いずれは、なるんだ」
「おまえと、いけば」
泣きながら、香織さんは、充にすがっていた。
「このひとを、たすけてくれる?」
「だめえ!」
杏子さんが振り絞るように叫んだ。
「香織、そんなヤツ信じちゃだめっ!」
そのとき、おれは、ふいに金縛りがとけ、動けるようになった。
「だめだ香織さん」
おれも懸命に叫んだ。
「そいつは充を撃ったんだ! 約束を守るわけないっ!」
充が生きているのか、治療すれば治るかなんて、わからない。だが、赤い髪の悪魔が、まっとうな取引をするとは、とうてい思えなかった。
「み、つ、る」
香織さんが、つぶやく。
「おれは死んでもいい。おねがい、かみさま。みつるを、たすけて!」
そのときだった。
闇の中に、白い光の柱が、立った。
光の柱の中には、一人の童子の姿が、見えた。
おかっぱに切り揃えた黒髪、黒い目の、白装束に赤い袴の、童子。
「たれぞ我を呼ばわったかの?」
黒い瞳が、あたりを見回す。
ここは誘拐犯のアジトである室内だったはずだが、童子が現れてから、そこは真っ白な何もない空間へと、変貌を遂げていた。
杏子さんは、香織さんのところへかけつけた。
おれも、もちろん。
血を噴き出して倒れている充を護るように囲んで、赤い髪の悪魔に、対峙する。
やつは面白くなさそうに顔をゆがめたが、おれたちに気を取られている場合ではなさそうだ。
光の柱の中に立つ童子は、明らかに、『格が違う』存在だった。
「なんの修行もなしに我を呼び出すとは、あっぱれなる巫女よ。我は『神』または『神の依代』である。さて、そこな異界の『つくよみ』よ。この世界は我の管理するもの。異界から手を出すのは、控えて貰えぬかの?」




