第1章 その12 エイプリルフールお花見頂上合戦!(12)反撃!充の怒り。おれの怒り。
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まずいやばいピンチだ!
あんな重そうな一撃をくらっておきながら、なんでダメージゼロ?
そればかりか誘拐団のボスは、香織さんの首を絞めて殺そうとしている!
自分のものにならないなら殺すって、どんな理屈だよ!
やばい本気だ。
本気の基地外(mad)だ!
殺すとか、平然と一線越えれるヤツは、異常だ。
限りなく一般ピープルな、おれ。
パニックしている、おれをよそに、二頭の猛獣と充は、無言のままで素早く行動に出ていたのである。
まずボスの両側から『牙』と『夜』が噛みつく。
腕と、腹だ。
血が、飛び散った。
「なんだ? この犬どもは」
うざそうにボスは香織さんから手を離す。
二匹がボスの注意をそらしているうちに、正面に回った充が、弾を込める。 スリングショットで至近距離からボスの顔面を狙って、精霊からもらった銀の弾丸の、残り全てを、ヤツの、目に、打ち込んだのだ。
ばすっ! ばすっ!
ばすっ! ばすっ!!!
炎が、立った。
銀色の弾丸がほどけたのだ。
4発全てを打ち込まれたボスの上半身は銀の弾丸が蒸発してできた煙に覆われ、かすんで見えなくなった。
これって過剰防衛なのでは。
ふっとそんなことを思ってしまった、おれは。
まだ常識にとらわれていた。
こんなにも、普通じゃない、非日常の世界にいるというのに。
「があああああああああああっ!」
至近距離で顔を撃たれたのだ。目にも、くらったな。
さすがに効いた。
ボスは床に倒れ、のたうちまわった。
銀色の靄がいましめのようにまとわりついて、自由を奪っている。
「香織さんっ」
充が、ボスが投げ出した香織さんに駆け寄り、背中と首の後ろに手を差し入れて、身体を起こす。
「……かおり、さん」
うっとりして、まだ目を閉じたままの彼女を見つめ、そっと、抱き寄せた。
大切そうに。
並河夫妻にこんなところ見られたら、感謝だけではすまないんじゃないかな……。
特に父親の並河社長には、殴られそうだな……。
おれが、そんな呑気なことを思っていたとき。
「ぐええっ」
「ごふっ!」
続けざまに、二人の男のうめき声がした。
杏子さんを連れ去ろうとしていた手下たちだ。
やったのは、杏子さん。
自分のほうが身長が低く身体が柔軟であることと、体格差を利用して、彼らに、きっつい頭突きを食らわせたのだ。
股間に、である。
一片の容赦も、ありはしなかった。
いったんはエビのように腰をかがめて倒れた、若い男のほうが、力を振り絞って手を伸ばし、杏子さんの足首をつかんだ。
引っ張られて杏子さんが倒れる。
「きゃっ!」
それを見た瞬間、おれの血が、極限まで沸騰した。
「クソがっ!」
その後、自分が何をしたのか実はよく覚えていない。
視界が真っ赤に染まって。
室内の動きが全て、ひどくゆっくりに感じて。
おれは杏子さんのところへ駆けつけた。
ジャンプ!
まだ彼女の足首を掴んで、下卑た笑いを浮かべている男の。
手を、指先を、それからどこだかわからないが顔や頭や肩や、ともかくあらゆる部分を。
体重に落下する勢いを加えて。
渾身の力で、男を踏みつけた。
ぐりっと。
靴の下で、妙な手応えがあった。
それでも踏みつけた。蹴った。
それから、殴った。
もしかしたら生まれて初めて、本気で他人を、殴った。
それでもおさまらなくて。
もし手にバットでも握っていたら、おれは確実に男達を殺していた。
「やめて! もう、いいよ。それ以上したら、あなたが……」
杏子さんの声で、我に返った。
彼女が、おれの背中にすがりついてきたのだ。
背中にあたる柔らかい感触に、気が動転した。
え? え? え!? これなんの……感触か、な?
「あなたの手が……」
こわごわ、言われて、ようやく自分の手を見た。
血まみれだった。
ぽたぽた、真っ赤な滴を垂らしている。
「うわっ痛っ!」
急に激痛が襲ってきた。
この血は返り血じゃなくて自分のか。
「こんなことになって」
杏子さんの顔が、くしゃっと、歪んで。
涙をこぼした。
「おにいさん、バカだ。知らない人なのに、なんでこんな?」
そうか、言われてみれば、おれと充は、杏子さんとも香織さんとも、今夜、初めて出会ったばかりだった。
「ほんとだバカだ。拳の保護とか何も考えてなかった」
自分でも自分の行動が信じられなくて呟いた。
皮膚が切れて、つぶれて。拳は、ぐしゃぐしゃになっていた。
だけど倒れている男二人も、血まみれだったのは、誇りに思った。
あれには、おれの拳から出た血も、混じってるんだろうな。
「おれたち、きみたちを助けに来たんだよ」
「なんで?」
きょとんとする、そんな表情も、可愛いなあ。
「えっと。事件を目撃した女の人がいて。おれたち、その人に、女の子たちを助けてって言われて夢中で」
「おかしいなあ。ここに来てから丸一日は過ぎてるのに今頃?」
考え込む。
色の薄い茶色の目が、くりくりと動く。
「そこ気にする? とにかく助けたかったから来たんだよ」
「へんなひとだ。でも、ありがとう。あたし殺されてたかもしれないもの……」
笑うゆとりなんてないだろう。
杏子さんは、唇の端を少しだけ上げて、表情をゆるめた。
うわぁ。
かわいい!
これで年下じゃなくて、同い年とかだったら、やばかったな。
絶対に、おれは、恋に落ちる確信があった。
もしも杏子さんがもう少し、歳が近かったら。異性として好きになってる。
マジやばいって。
「さあ、香織さんのところへ行こう」
おれは杏子さんの小さな手を取って。
拳はすっげえ痛いけど、にかっと笑った。
守れた。
杏子さんと香織さんを。
誘拐犯で殺人未遂犯人の手から、守った。
ほっとしたんだ。
だけど、まだ危機は去っていなかったことを、おれは知らなかった。




