第1章 その11 エイプリルフールお花見頂上合戦!(11)やばいピンチの予感しかしねえ!
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『お願い。香織を守って!』
銀髪の美少女は、切羽詰まった表情で、おれに頼んだのだった。
青みを帯びた銀色の長い髪。アクアマリンみたいな淡い色の瞳。透き通るように色の白い、現実と思えないくらい儚げで美しい少女だった。
『まだ高校生にもなっていない、今の充だけでは心許ない。何人か引っ張ってきたけど。あなたも助けてくれるなら、お礼はするわ』
今の充? 何か含みがあるような言い方だったと、思い出した。
どういうことだか、まったくわかんねえ!
まあいいや、それどこじゃないしな。
態度は高圧的だったけど。人間ではない、充が精霊だと言ってたというのが本当なら、それもありか。彼女にとって人間は野蛮な獣なのかもしれない。
あの少女も望んでいた。香織さんを、杏子さんを、助けるんだ。
おれと充が、闇の中の『桜の道』を導かれてやってきたのは、そのためなんだろう。
充は、ただ一つ武器として使えそうな、スリングショットに、自称精霊の美少女からもらった銀色の弾をこめ、狙いをさだめた。おれはよく知っている。充はスリングショットの名手だ。危ないことは危ないので、いつもは人に向けることなんてしない。
が、今は緊急事態である。
充の目が、据わっていた。
スリングショットから放たれた瞬間、銀色の弾が、空中で『解けた』。銀色の細かい粒子が曳光弾のように闇を切り裂いた。
「なんだ、あの弾は!?」
ぶぉんっ!
奇妙な音がした。
銀色の弾丸が空中で展開されてエネルギー弾となり、空気を岩のように固く圧縮した。そして圧縮された空気の塊が的に向かって放たれたのだということなど、むろん、おれ、山本雅人も、弾を撃ち出した充でさえも、知るよしもない。
あの美少女が、この世界の理を超越した存在であることも。
限界まで引き絞った弓から放たれた矢のような『牙』と『夜』と共に、充はリビングに向かった。もちろん、おれも、あとに続いた。
姿を隠して忍び寄るとか、もう、そんなこと言ってる場合じゃないんだ。
二人の男が、伊藤杏子さんを縛っていた紐を解いて、目隠しをしようとしている。
「離しなさいよ! カオちゃん! 香織! どうする気なの!」
懸命に暴れて、叫んでる。
俺の目は、知らず知らず、杏子さんに向いていた。
中年男性と、若い男。彼女を乱暴に引き立てて連れて行こうとしているのを見て、おれは、腹の底から怒りで煮えくりかえる。
充は充で、香織さんの顔に触れている、犯人達のボス……金髪の筋肉男に憤っているに違いないのだ。
精霊からもらった銀色の弾丸は、金髪ボスの頭部を直撃した。
ごんっ!
コンクリート塊でもぶち当たったような、重い衝撃音がした。
充の憤りのほどがわかる。充は優しい、常識のあるヤツだから、いつもは人間に対して弾を放つなんて絶対にしないのだ。
しかしながら、ボスは、普通じゃあなかった。
僅かに背中が揺らいだだけで。
ゆっくりと、振り向いた。
あ、やっぱ、怖い。
凄みがありすぎだろ。
金茶色の目。波打つ金髪が被さった、まるで欧米のスター俳優みたいな、ゴージャスなイケメンだった。
どす黒い怒りが、その整った容貌に、ふつふつとたぎっているのでなかったら、とうてい、悪人には見えなかっただろう。
ボスは、充を睨んで、言った。
「たかだか子どものくせに邪魔をするとは。また未来が書き換わった!」
「香織さんを、離せ」
充は、ボスの言葉に惑わされない。
「輝かしい犯罪社会の女王として君臨する、私の妻となる未来は、ずいぶん希薄になったが……」
凄みのある低い声が響いた。
ボスの手が、幼い香織さんの、細い首に、かかった。
「だが、誰の手にも渡さないという選択はできる」
「あっ! しまっ……」
手を出せない!
香織さんの首を折ることくらい平然とやってのける。
いやな想像を、抑えることができない。
「所詮は、退屈しのぎだ。私のものにならないなら、捨ててもいい」
低く、笑って。
ボスは、香織さんの首に、指を食い込ませる。
「香織ーーーっ! やめて!」
杏子さんの絶叫。
手下たちの慌てふためく気配。
「きょう、こ……ごめんね……なか、ないで……」
幼い香織さんのもらした、かすかな呟き。
「たすけて……ぱぱ、まま……」
「やはり、それが本音だな」
ボスが、含み笑いをする。
「そうとも。香織、おまえが両親を嫌いなはずはない。並河夫妻も、娘を愛していないはずはない。こうなったら、並河社長を絶望の淵にたたき落とせとの依頼に応えてやるか……つまらぬ結末だが」
ボスは、香織さんの首に回した指先に、ゆっくりと、力を込めた。




