第1章 その10 エイプリルフールお花見頂上合戦!(10)誘拐犯のボスはロリコンだった
10
おれ、山本雅人と、従兄弟の沢口充が隠れている場所、台所とリビングの間の廊下、狭い隙間には、二頭の猛獣、純白の毛に覆われた『牙』と、漆黒の毛皮を持つ『夜』も、身を屈めて潜んでいる。犬なのか猛獣なのか判別しがたい。
母親の沙織さん曰く、いつも香織さんを守っているはずの二頭が、まだ、動こうとしていないのには、理由があるのだろうか?
誘拐犯のボスは、香織さんが申し出た、杏子さんを無事に解放するなら、自分はなんでもするという条件に興味を示した。
ボスの提示した条件は、これだ。
香織さんに、仲間になれという。
「気に入った。おまえには詐欺、窃盗、殺人、あらゆる犯罪の英才教育を施してやろう。そして二十歳になったら、私の妻にしてやろう」
香織さんは、無表情だった。
どんな思いを内に呑み込んでいるのか。
ボスは香織さんの頬に手をのばした。香織さんは、一瞬、目を閉じて。
再び目を開けたときには、
「……先に、キョウコを解放して」
真っ黒な目に、不思議に青い光が宿り、きらめいた。
「いいだろう。おまえら、そっちのお嬢さんを解放してやれ。ここを出るときは目隠しをしてもらうが、無事に帰すと約束する。未来の妻の望みだからな」
ボスは即答した。
おれ、山本雅人と、沢口充が隠れているところからは、ボスの顔は見えない。鍛え上げられているように思える広い背中と、肩にかかっている、黄金の髪だけが見える。
「……おかしいな」
隣にいる充が、がたがた震えだした。
「あいつなんか知らないのに……敵だって、わかるんだ。あいつは香織さんを連れて行くつもりだ!」
「おちつけ」
冷静さを装って充に言いながら、おれ自身も恐怖と興奮で身体がこわばったり熱くなったりして身体がおかしくなりそうなのを懸命に抑えていた。
手も身体もガタガタ震える。
早く。なんとかしないと!
でも、どうしたらいい? おれも充も格闘技経験もありはしないしケンカも慣れてない。ただの中学卒業したばっかりの十五歳なんだ!
「武器がある」
充はずっと握っていたらしいものを、おれに見せた。
「いやしかし! 武器っちゃ武器だけどこれは……」
小さい頃から得意だった、スリングショット。つまりパチンコだ。外国製のやつなんかはホントに武器っぽいが、充が持っているのは、近所に住んでたガキ大将『青山さんちのハヅキ坊』が、引っ越すとき、一の子分だった充にくれたのだ。
「こいつは、ただのパチンコだけど。さっき、精霊だって言ってた女の子が、弾をくれたんだ。いざってときに武器がいるからって」
充が開いて見せた手のひらには、銀色に光る、ドングリより少し大きな球状の物体が、五つ、乗っていた。
「今が、そのときだろ?」
「……だな」
驚きのあまり固まってしまった、おれは。
そう答えるのが、やっとだった。
精霊って。
桜の道の手前で出会った銀髪の美少女に間違いないだろうな。充を補助して、香織さんを助けてくれって言ってた。
残念なスピ系かと思ったが。
もしかしたら、本物だったのかもしれない……!
※
「ななななななに言ってんのこのロリコン!」
杏子さんが顔を真っ赤にして叫んだ。
「そんなの、あたしが許さないっ! 解放するなら香織も一緒よ!」
「それはできない」
ボスは取り付く島もない。
「言ってなかったが、私には近い未来が『見える』んだよ。この能力のおかげで犯罪者稼業に成功してきた。さきほど香織が申し出た瞬間、未来が書き換わった。杏子、おまえも死なないし香織も死なない。最初の予定より、ましだろう?」
「はぁ? 未来が書き換わった? 意味わかんないわよ!」
「並河香織という人間はこの世から消える。私が、英才教育を施し、あらゆる犯罪のエキスパートに育てあげよう。ここにいるのは私の仲間、将来の妻。これからの世界ではITが発展していく。彼女はその世界をも制する。犯罪者の女王。そしてこう呼ばれるのだ。正体不明の『黒の魔法使い』とね」
ボスの手は香織さんの頬を撫で、降りていって、細い顎をつかんで持ち上げた。
「誓いのキスを。我が未来の花嫁」
顔を寄せていく。香織さんが、びくっとこわばったのが、わかった。
そのときだった。
「ふざけるな!」
充が、ぶちキレた。
「行け『牙』!『夜』! 主人を守れ」
そう叫びながら、ずっと握りしめていた、ただひとつの武器を。
スリングショットを取り出して狙いをさだめた。
弾は小石でもドングリでもない。
精霊がくれたのだという、銀色の弾丸だ。
同時に、白と黒、二頭の獣が、ムチのように身体をしならせて、勢いよく、闇から飛び出していった。




