第1章 その9 エイプリルフールお花見頂上合戦!(9)香織さんと杏子さんの謎
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「三億の身代金さえもらえれば、無事に、おうちに帰してあげますよ、お嬢さんたち」
一人、気迫のある、ボス格の男が言った。
※
「どうしよう雅人。身代金だって。誘拐だよ」
「落ち着け、充」
犯人に気づかれないように、おれと充はそっと言葉を交わした。
香織さんと友達の少女が巻き込まれたのは誘拐事件らしいということ。
ここは犯人が香織さんたちを拘束しているアジトってことは間違いない。
「それよりさ」
おれは悩んでいた。
「あっちのセミロングの女の子が香織さんかと思うんだけど」
「黒髪の女の子が香織さんだってば」
「え、男の子じゃないのか。Gパンはいてるし」
「女の子だってGパンぐらいはくよ!」
声を荒げかけたおれと充。
《グルルル!》
しかし『牙』と『夜』が、おれたちを威嚇した。
まずい食われる!?
はい、冷静になります……。
「それより、わけわかんないんだけど」
充は頭を抱えていた。
「並河さんたちは、香織さんは、おれたちと同じくらいの歳だって言ってたよね……」
おれも同感だ。
「だよな。どう見ても、どっちの子も、七歳か八歳くらいだ」
「どういうこと?」
おれも充も、来週の金曜日に高校の入学式を迎える。十五歳。
香織さんと、友達であるらしい女の子は、なんで、おれらより、かなり幼い!?
※
ボス格の男が言った。
「伊藤杏子ちゃんは、きみの親友だろう。並河香織ちゃん?」
「ちがうっ! こいつは関係ないんだ! 帰してやって!」
男は、低く、笑った。
「そんなに大切な友達なのか。いいねえ。……それに、いつもジーンズ姿で、スカートをはかないのは、女性らしい美人の母親への憧れの裏返しだろう?」
「ちがうったら! くそ野郎!」
「おやおや。世界屈指の大企業、並河コーポレーション社長令嬢とも思えないね。お嬢様は、おしとやかにするものだよ」
※
これで確信が持てた。
並河香織と呼ばれたのは、おれが男の子だと思っていたほうだった。
おれが『妖精みたいだ』なんてドキドキしていた少女は、親友だという。
伊藤杏子っていうんだ……。
しかし、なんとかしないと。
警察に電話で通報することも考えた。しかし住所がわからないから、いたずら電話と思われるのも困る。スマホを出してみたのだが……
あれ? 圏外?
※
「ボス」
部屋の隅のほうから、若い男の声がした。
「連絡来ました。身代金、全額受け取り。アシはついてません」
「ほう。思ったより早く用意できたものだな。こうなると、三億では少なかったかもしれない」
余裕たっぷりに笑う、ボス。
「じゃあボス。計画通り、こいつら殺すんで?」
ほくそ笑むような下卑た中年男の声。
「顔を見られたからな。おまえたちが間違えて伊藤杏子のほうを攫おうとしたせいだぞ。本来のターゲットの並河香織も、親友を助けようと追ってきたおかげで釣れたが。二人とも殺して死体を晒す。依頼人は、目障りな並河社長を、絶望の淵に突き落としてくれと、ご希望だ」
ボスの、無慈悲な声が響いた。
「悪党っ!」
叫んだのは、伊藤杏子という少女だった。
「日本の警察なめるな! 悪い人はぜったい捕まるんだから!」
毅然とした、険しい声。キラキラと目が輝いている。
おれは杏子という子から、目を離せなくなった。
「おめえ、うぜえ。殺すぞ」
一番若そうな青年らしき声が言う。
イカレてる。
「殺すなら、おれを殺せよ。キョウコ、誰にも言わないって約束して。キョウコだけは、無事に帰して! そしたらおれは、なんでもするから」
「だめよカオリ! そんなこと!」
「ほう。交換条件か」
興味を引かれたように、ボス格の男が、部屋の隅から、香織さんと杏子さんが縛られている椅子に近づいた。
長身で、がっしりと体格のいい背中に、少し縮れた金髪の房がかかっていた。
外人か? 染めてるのか?
「気に入った。おまえには詐欺、窃盗、殺人、あらゆる犯罪の英才教育を施してやろう。仲間になれ」
手下の二人が、慌てた声をあげた。
「ボス!? なに言ってンすか?」
「とっとと殺しましょうよ!」
「そして、二十歳になったら、私の妻にしてやろう」
ボスは香織さんの頬に手をのばした。
香織さんは、一瞬、目を閉じて。
再び目を開けたときには、
「……先に、キョウコを解放して」
真っ黒な目に、不思議に青い光が宿り、きらめいた。




