プロローグ その1 出会いは桜の下(ヒロイン杏子のイラストあります)
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志望校の私立旭野学園高校に入学した、15歳の春。
その日、おれは彼女に出会った。
面倒くさいからという理由で、入学式をフケるつもりだった。
どうせ親父は、仕事が忙しいからって、入学式なんてかったるいものに出てはこないだろうし。……母は、おれが小さい頃に、死んで、顔もよく覚えてないしな。
で、校庭の桜の樹の下に寝転がっていたら、突然、可愛い女の子の声に起こされた。
「ねえ、そこのキミ。入学式会場って、どっちだっけ。知らない?」
花曇りの空を背に、逆光で、おれを覗き込んでいる小柄な少女がいた。
「……悪いけど、おれも知らないんだ」
大きなあくびをして、言った。
「あら、もしかしてキミ、入学式に出ないつもり?」
興味を抱いたのか、少女は地面に膝をつき、
「実はね、あたしも式なんて面倒臭いなって思ってたんだ。ねぇ、あたしたち二人で、どっか行っちゃわない?」
ぼんやりと明るい、靄のかかった水色の空を見上げて、笑う。
「え、まじか」
おれは慌てて起き上がって、そのとき初めて、少女の顔をまともに見た。
ものすご~っっく、可愛い娘が、そこにいた!
「それも面白いかなって」
少女はころころと、明るく笑った。
その笑顔に引きつけられて、彼女から目が離せなくなってしまった。
身長はおれ(166センチ)より、ほんの少し低い。
実際より細っこくて小柄な印象を受けたのは、彼女の顔が細めで、スリムな身体つきをしていたからだろう。
まず強く印象づけられるのは、くっきりと意志の強そうな眉と、すっと通った鼻筋、大きな二重の目元だ。
黒い瞳だけど、光を受けると瞳の底が深みを帯びて見え、じっと見つめていると吸い込まれそうな気がして、ドキッとした。
小さくてふっくりとしたピンクの唇に、自然に視線を引きつけられて、おれは我知らず……赤面していた。顔が熱くなったから、きっとそうだ。
(ああ……柔らかそうな、綺麗な唇だなぁ)
ふとそんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくなり、目線をそらせた。
彼女の髪が、風になびく。
内側に軽く巻き癖のついた栗色の髪は、肩先にかかり、肩胛骨のあたりまで届いてる。
紺色のブレザーの下に着た白いカッターシャツの胸もとに、ふわっと結んだ、シックな赤のリボンタイ。ミニのプリーツスカートが、よく似合う。スカートの裾から、綺麗な脚のラインと膝小僧が覗いている。
脚が長く、腰の位置が高い。
顔の小ささとあいまって、バランスがよく、制服の上からでも、整った体型がよくわかる。
それでいて、胸のあたりは、高校生の少女らしいしっかりした存在感を持っていて、どうにも目のやり場に困ってしまう。
小学校の延長という意識だった中学校のころとは違う、『オンナノコ』を、初めてはっきり意識したのは、このときだった。
「どうしたの? あたし、何か変?」
少女は頭を振り、制服の袖やスカートをはたく。
髪に乗っていた桜の花びらが、ひらひらと落ちて、風に運ばれていった。
「え、いや、なんでもない」
君に見とれていたんだと、素直に言えなくて、おれは歯切れの悪い返事をしてしまった。
そのときである。
「杏子! こんなところにいたの。探しちゃったわ」
別の少女の声がした。
背の高い、モデルみたいな綺麗な少女が、校庭を駆けてやってきた。
腰まで届く、長い黒髪をなびかせて。
「あ、香織! ごっめーん! 会場がどこかわかんなくて、迷っちゃったの。ついでに、校庭にすごくきれいな桜が見えたから」
「見にきちゃったのね。杏子らしいわ」
ふふふ、と、彼女は小さく笑った。笑うと、大輪のバラが開いたような、華やかさがある。今すぐにテレビに出ててもおかしくない、美人だ。
「会場は、あっち。南校舎側にある、古いほうの講堂だそうよ」
「そうだったんだ~」
彼女は、ふと、おれのほうを見て、
「杏子の知り合い?」
と、尋ねた。
微かに、探るような不穏な雰囲気を漂わせていたのだが、このときのおれには、わからなかった。
アイドルかファッションモデルかという、超可愛くて綺麗な二人の少女を前にして、他に何か、考えられるヤツなんているわけない。
ドキドキして、ろくに口もきけないだろう。このときの、おれみたいに。
「あ、いえ、その。そこで、桜を見てたんです。きれいだなって思って」
しどろもどろの、おれ。
「ふぅん……」
香織と呼ばれた、この美人な彼女は。
おれを、しばらくの間、じっと見つめて。
それから、ゆっくりと、うなずいて。
「うん。彼なら、まぁ、いいでしょ……」
独り言のように呟いたのだった。
「杏子、自己紹介とかした? わたしたち、きっと同じクラスだと思うわ」
「そうなの? 香織が言うならそうなんでしょね。そういえば、まだ名前を聞いてなかったわ」
一目でおれの繊細な(?)青少年のハートを鷲掴みにした少女は、にっこり笑った。満面の笑みである。
ぱあっと、あたりが明るく輝いたように、おれは、感じた。
後で考えれば、「香織が言うならそうなんでしょうね」って、どういうことなんだろうと悩むべき場面だったのだが、このときのおれには、そんな、考えをめぐらせるゆとりなどなかったのである。
「あたし、伊藤杏子っていうの。彼女は、あたしの親友よ」
「並河香織。初めまして、山本雅人くん」
「あれ? おれ、名前、言ったっけ? 名札とか、まだ付けてないよな……?」
首をかしげる、おれに。
美少女二人は、生暖かいまなざしを向けていた。
顔を見合わせ、くすくすと微笑みを交わす、美少女二人は。
すごく、きれいだった。
「そろそろ、急がないと」
並河香織が、杏子(いつのまにか、おれは彼女を、杏子と、心の中では名前で呼んでいたのである)を、促した。
「あっ、そうね。入学式に遅れちゃうわ!」
一緒に、校庭を駆け抜けた。
入学式が行われる予定の旧講堂まで、息を切らせて走った。
それが、おれと杏子と、杏子の親友である並河香織との、初めての出会いだった。