人力車転生 お嬢の命は俺が守る!【即興習作】
即興習作。
本作は以下のお題を使って書いています。
『人力車』『御令嬢』『嘘』
昨今、人類が色んなモノに転生する話をよく目にする。
そんな夢みたいな話があればいいなあ、なんて思っていた俺だが、このたび転生を果たしました。
人力車に。
「ヴァロン。今日もよろしくね」
「はい、セレナお嬢様!」
御者のヴァロンが、俺の手を力強く握る。
幸い人力車に痛みは感じない。俺はヴァロンが走り出すのを補助するように、車輪に力を込めた。
「マリンも頑張ってね」
セレナお嬢が、俺に座りながら俺の背中を優しくさする。
それだけで今日も俺のやる気は最高潮だ。
だが、俺は今日だけはいつも以上に集中していた。
なぜなら、お嬢が命を狙われていると知っているのは俺だけだからだ!
******
俺が転生した場所は、地球ではないどこかの世界。
よくある中世ヨーロッパ風のファンタジーな雰囲気を出してるクセに、なぜか乗り物の最上位は人力車という不思議な世界だ。
転生したばかりの俺はそんなことは知らずに、人力車になった事を嘆いていた。
だがそれもほんの一日二日の話だ。
人力車をこよなく愛するセレナお嬢に運良く購入されたおかげで、俺の人力車生は薔薇色になった。
「マリン、いつもありがとうね」
毎日毎日、セレナお嬢はそう言って、マリンと名付けた俺の体を優しく拭いてくれる。
まだ十五歳の女の子なのに、洗い布を片手に一時間もかけて俺を綺麗にしてくれるんだ。
「今日はね、魔法の練習が上手くいってお父様が褒めてくれたの」
こんな風に、嬉しい出来事を楽しそうに話してくれて。
「でもね。料理で失敗しちゃって、お母様には怒られてしまったわ」
失敗した出来事は、少し悲しそうに話してくれて。
「でも明日はきっと上手くやってみせる。……ありがとうマリン、今日も話を聞いてくれて。私、頑張るから。また明日もよろしくね」
最後はそう言って、笑って部屋に戻って行くんだ。
俺は思ったね。セレナお嬢のためなら命を懸けたって構わないって!
そんなお嬢を、家から人力車で三十分かかる学校まで運んで半年。
俺はとんでもない事を聞いてしまった。
「今なんて言った、ヴァロン? セレナを誘拐するだと?」
「ああ。通学の時は、御者の俺とお嬢様しか人力車にはいねえ。俺は足をくじいた振りをして人力車を止めるから、お前はその隙にお嬢様を攫え」
「なるほど、それは名案だな」
こいつら、神聖な人力車の前でなんて事を話しやがる。
俺は激怒した。決行は二週間後。
そこから、俺の死に物狂いの努力は始まった。
******
「今日もいい天気ねマリン。ヴァロンもそう思わないかしら」
「そうですねお嬢様! 私も走りがいがあります!」
「ふふ、無理はしないでね」
「はい、任せてください!」
セレナお嬢とヴァロンの野郎の談笑を聞きながら、俺は極限まで集中力を高めていた。
お嬢は自分の身に降りかかろうとしている危険を知らない。
だが、それでいい。
どんな事があろうと、俺がお嬢を守るのだから!
「うっ!」
ヴァロンがうめき声を上げた。とうとう来やがったか。
セレナお嬢はすぐにヴァロンの異変に気付いたのか、素早く俺の体から身を乗り出した。
「ヴァロン? どうしたの!?」
「す、すみませんお嬢様。足をひねったみたいです」
「まあ、大変! すぐに手当するわ!」
ダメだお嬢、それをさせるわけにはいかない。それはヴァロンの嘘だ。
それをすると、お嬢は攫われる。お嬢の優しさを、台無しにさせるわけにはいかない。
セレナお嬢が俺から降りようとする前に、俺は全力で車輪を回しはじめた。
「――な!!」
「キャッ!」
ヴァロンの驚愕の声と、セレナお嬢の悲鳴が上がる。
これが二週間、猛特訓した俺の新たな能力だ。
御者を必要としない、俺が俺だけで走る力。
すなわち、自在自走法だ!
「ぐ、ぐぉおお!」
俺は猛スピードでヴァロンを巻き込んだ。
これで戦闘不能、だがもう一人! お嬢を攫おうとした実行犯も仕留めなければ!
「く、こんな馬鹿な!?」
物陰から飛び出た男に全力で体当たりをぶちかます。
俺の体にも衝撃が走るが、問題ない。
これでも俺はこの世界で最高級の人力車だ。
そう簡単には壊れないし、高品質のクッションのおかげでお嬢にも怪我はないはずだ。
これで、お嬢の命は助かった――
「……マリン、どうしてこんな…………」
お嬢の悲しむ声が、俺の背中から聞こえてきた。
「ヴァロンと、見知らぬ男性を跳ねるなんて、どうして……」
泣かないでくれ、お嬢。そいつらは悪い奴だったんだ。
だが、俺にはそんなことを言う口はない。
「……早く助けないと!」
必要ないんだ、お嬢。そいつらはお嬢を傷つけようとしていたんだから。
だが、俺にはそれを伝える術がない。
……いや、待てよ。あるじゃないか、俺でもお嬢に伝えられる方法が!
俺はお嬢が降りるとすかさず車輪を回し、その場を何度も何度も往復した。
体が焦げるまで、何度も何度も。
「マリン……? ――まあ!」
お嬢が驚きの声を上げる。
「ヴァロンが私を誘拐しようとしていたなんて……けれど、うん。私はあなたを信じるわ、マリン!」
俺がやった事は簡単だ。
石畳の地面に車輪の摩擦熱で字を書いただけだ。
さすがに車輪がかなり痛んでしまったから、しばらくお嬢を運ぶ仕事はできないかもしれないけど――
「ありがとう、マリン。私を助けてくれて」
俺の方こそありがとう、お嬢。人力車の言う事なんか、信じてくれて。
「痛んだ体はちゃんと直すからね。直ったらまた私を運んでね、マリン!」
安心してくれお嬢。
俺は人力車、生涯をかけてお嬢を運び続ける男だから!
2000文字にまとめられなかった事を反省します。