1-6「やっぱりこれは運命です!」
しまった。
9時を少し過ぎてしまいそうだ。久遠レベルの人気や知名度になるとたった数分でも何が起きるかわからない。僕はできるだけメイド喫茶『ラセット・バーバンク』への道を急いだ。
駅前の西口の大通りを真っ直ぐ行って2つ目の曲がり角。そこを曲がると西洋風の建物が目に飛び込んでくる。落ち着いた外装に似合わないコミカルなゴシック体で描かれた『Russet Burbank』の文字は見間違いようがない。
日替わりの立て看板を眺めながら、僕は店の中に入っていった。
ふむふむ、ほー今日のイベントはご主人様、メイド対抗カードゲーム五番勝負だったんだ。もう少し早く来ればよかった。
スーツ姿の男とすれ違いながら、店内に入ると
「おかえりなさいませ、ご主――って。先輩! お疲れ様です」
黒髪ショートのメイドがぎこちない笑顔で迎えてくれた。途中からは僕だということに気づいてくれたので、客としてではなく先輩後輩の応対になったようだ。
「ポラリじゃん、お疲れ。今日シフトだったんだ」
「えぇ、急にシフトが入ったので。そんなときに先輩が来るなんて運命的ですね!」
そういって後ろ手に手を組みながらこちらを覗き込む凛々しい少女。フリフリのメイド服にカチューシャを付けているにも関わらず、少し日に焼けた肌とその整った顔立ちは可愛らしさとカッコよさを両立させてる。
彼女こそ我らが南佐土高校文芸部72代目部長 畑穂らりす だ。
畑穂 らりす 運命論者の文芸部長
連載作品「クロスノート・スクエアー」
総文字数;349、910文字 話数:52話
ブクマ数;2、194
全く、うちの学校は歴史ばかりあって困る。ちなみに71代目は僕だ。インターハイの打ち上げの時その座を譲った。無論、その打ち上げに運動部は一人も参加してない。
「いやいや、久遠が来てる時点で僕が来るのは確定じゃん。たまたま寄ったときにいるとかならわかるけどさ」
「ぶー。あっでも、私とメラルさんが同時にヘルプ入ったのは偶然ですから。
ということは、やっぱりこれは運命です!」
「てか久遠は今どこ?」
「悲しい……。あと、ここでは久遠先輩じゃなくてメラルさんって呼んでください」
「そっちの名前を使った方が、敵が増えそうな気がするんですけど」
「ダントツの一番人気ですからね、メラルさんは」
久遠は3年連続で年間指名回数ナンバーワンを勝ち取っているほどの売れっ子だ。愛嬌のある笑顔と魅惑的なスタイル。そして何よりゆるふわさの全面に出ている接客態度が人気の秘訣らしい。
ちなみに、ワーストワンは目の前にいる畑穂 らりすこと。ポラリである。彼女はここに勤めてもう半年になってるけど、まだメイド喫茶に慣れておらず、サービスが悪い。嫌悪感を隠せていないなどという致命的な問題を抱えているのだ。これでクビになっていないのは一重に店長の懐深さのおかげだと思う。
まぁ、逆にかなり照れながら呪文を唱えてくれたり、蔑まれるような目線がたまらないなどというコアなファンを作ってもいるらしい。知らんがな。
「メラルさんならもう上がったはずですよ。裏口のあく音がしましたし、外で待ってるんじゃないですか?」
「あいつ……」
遅れた僕が悪いが、それでも恨み言を漏らさずにはいられない。僕がなかなか来なくても、できるだけ中で待ってろと言ってあるのに。休憩室が狭いから、申し訳ないってのもわかるけどさ。
「はいはい、黒服さんは忙しいですねー」
「その呼び方は好きじゃない、って話しなかったっけ?」
「じゃーあ、ナイト君ってのはどうかしらん?」
巨漢、アフロヘアの大男。
「……だから僕はあくまでただの幼馴染ですよ。あなたがホールに顔を出すなんて珍しいですね、店長」
そうこの人こそ、メイド喫茶『ラセット・バーバンク』店長、ダイナマイトダディこと根原 泥慈だ。
アリオはまだデカいなコイツ程度だけど。この人にはもはや遠近が狂うほどの圧迫感がある。もともと女性用に作られたカウンターがミニチュアに見えるほどだ。
あのアフロのてっぺん天井にこすってない? カウンター内だから?
「それなら正式にうちで働いてみない? キッチンスタッフ、もとい妖精さんが一人いなくなっちゃって人手が足りてないの。熊道君なら常連のご主人様達も、うちのメイド達も安心だろうし、いつでも歓迎よん? 最近なにかと物騒だし」
僕はここに15の頃から通っている。
常連の中ではまだまだ新参者だけど、幼馴染の久遠や後輩のらりすを連れてきた、という功績からそれなりに認められてもいた。むしろ、その話を知っているかいないかでにわかを見分けているそうだ。
それに加え中2で成長が止まった低身長は、異性どころか同性にすら警戒心を与えないらしい。なんだか目から汗が出てきた。
「そのお話はまた今度、ということで。早くあの食いしん坊を追いかけないと、隣の晩御飯に突撃しちゃいますから」
「あっらぁー、つれないわねぇ」
店長はしゃがみ込んで、頬杖をしながらため息をする。カウンターの重苦しい悲鳴が聞こえた。
「そうそう、さっきのご主人様。あまり見かけない人だったけど。メラルちゃんにしつこく迫ってたし、退店狙ってみたいだったから。もしかしたら出待ちされてるかも……」
「ちょっそれを早くいってください! てかわかってるなら店長が事前に蹴散らせばいいじゃないですか! なんのための2mボディ!」
「失礼ね、好きでこんな体になってるわけじゃないわ。それに店長のあたしがかもしれないで出て行ったら、お仕事にならないわよ。こういうお仕事だからこそ、ご主人様との信頼関係が重要なんじゃない。
そこで馴染みのある熊道君に――」
好きでなってるわけじゃない、ってあなたの趣味ボディビルですよね。と思ったけど口に出している時間は惜しい。
裏口に行くなら入り組んだ店内を横断するより、一回外に出て回り込んだ方が早い。
「それじゃお疲れ様です。行ってきます!」
「また明日です。先輩!」
「ちょっと熊道君っ!」
「「「いってらっしゃいませ、主人様」」」
訓練が行き届いていることが実感できるお決まりの言葉が店内に響く。去り際にそれを聞きつつ、僕は『ラセット・バーバンク』を後にした。