表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一ヶ月戦記  作者: 岩魚町
1/2

落とされた異世界


目の前の光景は信じられないものだった


地面にぬらぬらとした赤黒い液体が流れこんでいる。液体が流れでる元を見れば、よく見知った女が何が起きたか分からないという表情で横たわり俺を見ていた

「ぁ…ぅぁ…っう?」

女の細くしなやかな指が自分の腹をそっと撫でた

グヂュと溢れ出るものに触れた

「ーーっぁあ…ぅぅ」


とても深い傷だ

ピンク色の内臓が飛び出して…


俺はようやく理解し始めた

こんなこと理解したくない

したくなかった

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼︎」


考えることはない

ただ目の前にいる愛する人を殺した犯人を殺して、殺して殺すことだけが体を動かし全ての感覚を麻痺させた


それは怒りなのか

それとも悲しみか

今となっては分からない


ただこの時俺は浅はかだった


もっと冷静になっていれば



○●○●○●○●○●○●○●○●○●◯●◯●◯●◯


青い絵の具をこぼしたような空に鳩の群れが弧を絵がき羽ばたいている

見慣れた田んぼには青々成長し涼やかな風でざわめく稲がほぼ均等に植えてある


本日は晴天


田舎の夏はジリジリと大地と人々を焦がし作物はあまい実りをつける

学校は夏休みで学生たちは一部を除いて青春を謳歌する季節。カップルは余計に熱くなり、部活をする生徒は試合に向けて練習や合宿だったりで燃え上がる

が、この俺、春彦には当てはまらない。部活流行っていないし残念ながら彼女もいない。手だって繋いだことがない


そんな俺がこの夏休み高校の友人2人としか遊んでいない。もちろん男だ

今日で夏休み15日目を迎えたわけだが8割がた男と過ごしている



「あああ、誰がこんな男2人と夏休み過ごさなきゃならんのだぁぁあ‼︎」

今年の夏休みこそ彼女とデートしたいと思ってたのに…

俺はよく来る友人の家の畳に寝転んだ。寝転んだと同時に畳独特の匂いが鼻に入り込む


「そんな男の家に上がり込んでいてよく言えるよ」

こいつの名前は利九。俺の幼馴染だ

夏休みの間だけ茶髪にしているが普段は黒髪

今日家族は遠くの親戚の家に行っていて1人だ


「僕だって!本来の予定では彼女と一緒に入れたんだ!誰が嬉しくて男となんか…!」

こいつは悟。夏休み初日彼女に戯れを迫ったが見事に断られ帰宅後彼女に振られた

ざまぁ

悟は顔だけは良いが中身はスケベだ。エロいことしか考えない。残念なイケメンというものだ


「はっはっはーその性格を改めるんだな悟クン」


「うるさいな!一度も女の子と付き合ったことないハルに言われたくない」

ハルというのは俺のあだ名だ。悟にしか言われたことがない


「っそのうち、そのうち運命の人が現れるんだよ!」

ゴロゴロと畳の上を転がり現実知らせる声から遠ざかる


「あーーなんか畳って妙に落ち着くよなぁ」


「そりゃどうも。掃除が大変だけどな」


「は〜あ良いよな畳〜でも夜とかなんか怖くない?」


コップに入った麦茶の氷がカリンと音を立てた。その音を聞いた途端ふと、天井に目がいった。天井には3つの黒いシミが見えた

「なんか天井のシミって顔に見えることあるよな」


「わかるわかる、昔はあんなシミ見て泣き喚いてたなぁ」


利九が俺が寝転んでいるすぐ隣へ来てシミを確認する。しばらく見上げて少し不思議そうな顔を浮かべた。


「…?あんなシミ今まであったか?」

ぼそりと自分にだけ聞こえるように言ったのかもしれない

しかしその声はひどく鮮明に聞こえてしまった

「っな、何言ってんだよ!そんなのただいままで気づかなかっただけだろ」


「でもなぁ」


俺はこの手の話が大嫌いだ

おそらくこれからずっとこうだろうな

あっ!!と悟が無駄に大きな声を上げた

「じゃっなっなんだ!敵襲か⁉︎」


「なんだよ敵襲って」


「お化け的な何かだよ!」


「…それでどうした悟」

お前今呆れただろ

「ここで僕は良いこと思いついたぜ!」


「百物語は無しな」

だいたいこの流れで察しはついていた。


「はっはー、甘いな春彦クン。僕はそんなに浅はかではないのだよ!残念だったな‼︎‼︎」


勢いよく立ち上がり俺を指差しあざ笑う


「むかっと来ました俺」


夏の蒸し暑さとセミの大合唱と天井のシミが相まって余計に俺の腹を立たせた


ため息をか吐きながらゆっくりと上半身を起こし若干の怒りを込め、じゃあなんなんだよと悟の方を見ずに言う


「聞いて驚くなよ…」


よほど自信があるのだろうな


「デデン!怖い話大会をここで開催したいと思います!イェィ!」


はぁ?いやお前それ

「いやそれは百物語とほとんど変わんねぇべ」


「そうだぞ怖い話には変わりない!よく言った利九」


「ねぇ良いじゃんやろ!ちょっとだけだからさぁ利九ぅねぇお願いしますよぉ」


ゴロゴロと激しく畳の上を転がる


「ねぇ夏だしさぁ良いじゃん!ちょっとは涼しくなるよきっと!」


もちろん俺はこんな事は絶対にしたくない。利九だってそうだろう

こいつは昔ムシパンマンが怖くて泣いた男だ 怖い話だって苦手に決まってる

「実はちょうど昨日本当にあった恐ろしい話の再放送録画しといた」


「さっすがリッくんナイスタイミング!じゃあ早速見よう!」


「…お前を信じた俺が馬鹿だった」


悟はしばらくごねたりするが案外聞き分けがいい。が、利九は自分が楽しめる状況であれば他人の犠牲はいとわないのだ。いわばドSというものだろうか


この2人の意見が合意すれば俺の意見は通らない事くらい知っている

今までそうだったし


「じゃあ茶の間に連行でいいね」


「ああ、テレビの操作もわかるな。3時間スペシャルのやつな」

3時間…?




気づくとあれから3時間が経っていた。不思議と話の内容はほとんど覚えていない


「はぁ〜あんまり面白くなかったねぇ」


うーん、と背伸びをし3時間ずっとテレビを見続けた目をグリグリとこする


「作り物感が目立ったな」


「だからー、はぁーあっつい利九アイスー食べたいガリガリ王とかない?」


「めんこいちゃんゼリー凍らせたやつならあるぞ」

めんこいちゃんゼリーとは東北地方にしかないカラフルなゼリーのことだ


「えぇーまぁじゃあそれで良い」


はいはい、と利九はレトロな感じの台所へゼリーを取りに行った


「お前さっきまでずっと氷食ってたくせによく食うよな。腹壊すぞ」


「大丈夫大丈夫。 内臓は結構強いんだー」


「俺が思うに数時間後お前は後悔する」


「それが大丈夫なんだなー」


この日の夜悟は地獄の苦しみを味わうことになるが、その話は別の機会にしよう


「へぇー」と適当に話をながし、なんとなく目を茶の間の柱に向けると同時にゴーンゴーンゴーンゴーンゴーンと時を知らせる鐘がなった。柱には振り子時計がカチコチと微かに鳴り、文字盤の長針と短針は午後5時を示している


「やっぱりこの音慣れないなーねぇ怖くない?」


「いや家にもこんなやつあるし」


「ふーん それにしてももう5時かーちょっと暗くなったね」


ふと悟は窓の方をみた

それにつられて俺もまた窓の外をみる

窓のそとは5時というのに多少明るさが無くなりカナカナと蝉がないている

涼し風が窓を通り茶の間に緑の香りを届けみるなの暑さを忘れさせるようだった


「なに黄昏てんだよ。めんこいちゃんゼリー持ってきたぞ」

未開封のゼリー一袋をに足の低いテーブルにドサリと置く


「お、サンキュー」


さっそく袋の口を開け中身を取り出す。ヒンヤリとした冷気が指を撫でるのがわかる。取り敢えず一握りのゼリーをテーブルにゴロっと広げた


「僕イチゴね」


悟は表面が白い氷の結晶で覆われた赤色のゼリーを手に取る

それを見て俺も近くにあった緑色のゼリーを取り蓋を剥がしにかかる


口に放り込めばすぐに冷たさが口の中を満たし甘い痛みを感じさせた。凍ったゼリーは体温で表面だけ徐々に溶けてりんご味ということがわかるようになる。


「そういえば悟は帰らなくて良いのか?」

利九は黄色のゼリーを手で溶かしながら問いかける


「何言ってんの?まだ5時じゃん」


悟はいつも6時半の電車で帰るのでここを出るのは6時に出ればその電車に間に合う。


「いやだっていま6時過ぎだぞ?間に合うのか?」


「いやあの時計5時さしてるじゃん。もしかしてリッくん早く帰ってほしいとかか?」


「それもあるがこの時計1時間ずれて「なんで早く言わないんだよ!アホ!」


悟は茶の間を勢いよく飛び出し廊下に置いていた荷物をガサツに取り玄関を蹴破る勢いで走り抜けた。

俺たちが門口に出た時には悟とは100メートルほど離れていた。


「気をつけろよー」


「遅れた時は俺んちには止めないからなー」


「うるせー!バカ!時計治せ!じゃーな!」


すぐさま駅へと走り出す悟の姿はまるで狼に襲われるウサギのようだった



「さて、利九俺に何か用でもあるんだろ?」


「なんだいきなり」


「だってさ今まで時計のズレはほとんどなかったよな?なんで今日1時間もずれてんだ?」


簡単な理由だが時計をずらすことによって悟だけ帰らせ、俺と利九2人だけになるためだろう


「理由はしらねぇけど計画的な犯行だな?今日会う約束したのは一昨日だから、多分今日俺たちがくる1時間ぐらい前にずらしたんだろ」


利九はニヤリと笑う

「やっぱ分かるかー」


え、なにこいつ怖

「…俺殺されるのか?」


「バカかお前。まぁ取り敢えずついてこい。話はそれからする」


「お、おう」



空は徐々に赤みを帯びヒグラシの声がアブラゼミの声に混じって聞こえてくる


俺は利九の後ろを黙って付いて歩く。

逃げようと何度か思ったが、妙な恐怖が体を縛りつけうまく言うことを聞かず諦めた


玄関からまっすぐ通る見慣れた廊下の突き当たりの部屋に俺たちは入った

そこはよく掃除され、ベッドと大きめのリュックに折りたたみ式の足の低いテーブル1つがあるだけのシンプルな部屋だ


「ここって…」


この部屋は異常だった。生活感が全くといっていいほどないのだ

この異常さに俺は呆気にとられてしまった


「俺の部屋だ」


呆気に取られている間に利九はベッドの下を覗き込み


「そ、そうなのか」


「あぁ、こういう生活感がない部屋って好みなんだ、よっと」


ゴトリと重いものが落ちる音がした


「これ隠すの結構大変だったんだ」


たちあがった陸の手には20センチほどある白色の棒状のものが握られていた。例えるなら近いものでいえばカッターだろうか


「な、なんだよそれ」


「この先役に立つもの。これ春彦にやるよ」


「は?え、ちょ」


カッター状のものを投げ俺に受けわたす


「え、なにこれ軽っ」


思った以上に軽いことに驚いた。利九がベッド裏から取り出した時は重い音がしたはずだが


「まぁ持ち主だからな。あとこれも」


持ち主?と聞こうとした瞬間、部屋に1つだけあったリュックが飛んできたのに気づかず顔で受け止めてしまう


「あ、悪い」

それほど痛くはないが顔面に鈍い痛みが走る


「言ってから投げろよ、くそ」


リュックには色々なものが詰まっているらしくそこそこの重さがある。まるで数日間の旅に出るかのような重さだ


「…なぁこれなんだよ。そろそろ言ってもらわないと困るぞ俺」


よくわからない棒といいリュックといい意味が分からないものを貰ったのだ。誰だって困惑する


「簡単に説明していいか?」


「お、おう」


「異世界にいってもらう。以上」


「はい?」

突然「異世界にいってもらう」と言われても困りますよ俺


「なにいってんだよ。厨二病ですか?」


「詳しく言えって言われたら答えられない。俺はこうしろって言われただけだから」


このときの利九の顔は真面目だった

嘘は言ってないように思えたが信じられない

信じられるわけない


「そのリュックには最低3日分の食料とか役立つ道具が入ってる。多分困らないと思う」


「いや、ちょっと待てなんだよ異世界って!信じられるかそんなもの」


「それは見ればわかると思う」


「は?急展開過ぎてわかんねえよ!そうだドッキリだろこれ!そうなんだろ?」


そう、これはドッキリで隠しカメラ的なものが仕掛けられていて悟がどっかに隠れているに違いない


「そうだな急すぎたな。でももっと急なこと言わなきゃいけない。まぁ外に一度出てくれないか」


そうかやっぱりドッキリだったんだな?

まったく見え見えのドッキリじゃないか

計画な雑なんだよ!

俺は利九の部屋のドアを勢いよく開けてドッキリ大成功!と言う悟の姿を想像した


「ごめんな、今すぐいってもらうんだ」

え?


ドアの先には暗闇が広がっていた。見慣れた廊下はなくただひたすら真っ黒な空間


「な、なんだ、よこれ!」


俺は振り向き利九に問い詰めようとした

トンと胸を強く押された


「は?」


とっさに倒れそうになる体を支えようと足を後ろに出した

しかしそこには在るべきはずの床がなかった

そのまま吸い込まれるように暗闇へ落ちた


「っ‼︎?」

100階建てのビルからものすごい勢いで落ちるような感覚だった

計り知れない恐怖が全身を蝕む

俺、死ぬのかな


辺り一面真っ暗で唯一の光はさっきまで居た利九の部屋の戸枠のみ

そこからヒョイと戸枠から何かが顔をのぞかせた

もちろん利九だ


今まで見せたことのない泣きそうな顔をしている

なに泣きそうになってんだよ

こっちが泣きたいわアホ



ここでぶつりと突然意識が途切れた






気づくと目の前に緑が広がっていた

ざわざわと風で木々の葉がなびき鳥たちの声が聞こえる


涼しい


どこだここ


ああ、そう言えば利九のやつ異世界とかいってたな


そう言えばこんな展開の漫画とか小説とかで飛ばされるやつあったな


「異世界って言ってもな」

信じるしかないのか?

実際に利九の部屋から出た先には暗闇が広がっていたし、そこに突き落とされた。友人に


「異世界ねぇ…」


ゆっくり立ち上がり周囲を確認する

幹の太い広葉樹が不規則に何本も生えている

地面は柔らかな草が覆いところどころ小さな花が咲き虫が蜜を求めて這いずる


なにも異世界らしい事はない

いたって普通の森だ


上を見上げると青い空と眩しく光り輝く太陽


「?」


眩しくてよく見えないが太陽の斜め下左右に1つづつ太陽より一回り小さく光る星のようなものが見える

なんだあれ風船か?


「にしては大きいよな、ぉっと」

もっとよく見ようと見上げながら移動したところ何かにつまずいた

石かと思ったがこれは、リュックか

利九から渡されたリュック。色々入っているらしい


そう言えばなにが入ってるんだ?

無造作に投げ出されたリュックをあけ中身を確認する

食料は入ってるらしいが、この世界についてとかの説明書とか入っていたらいいが


まず一番上にあったのは赤色の服。ゲームとかの魔法使いなんかが着る膝ぐらいまである長いコートみたいなものだ


「ん?」


服を広げるとハラリと紙が落ちた


「すぐ着ること?」


そう紙に書かれた字は利九のものだ

こいつは一体何者なんだ

日本人じゃないのか?

長年友人をやってきたが気づかなかった

気づくわけないが


取り敢えず赤色のコートを羽織り、つぎの物をリュックから取り出す


手に触れたのは固く若干重みがある

それは本だ

厚さは1センチほどで表紙は真っ白でなにも書かれていない

裏表紙も背表紙も真っ白な不思議な本


「…なんだこれ」


今までこんな本は見たことがない。ノートでもないだろう


もしやこれは読んだら死ぬ本とか、人の名前書いたら死ぬやつとか、そういうやつか⁈


なら見ない


俺死にたくないし、人も殺したくない

「…いや、でも重要な物だとしたら読まないとな…」


しばらく悩んだ末に意を決して中を見てみることにした

死んだら利九を恨んでやる。末代まで呪ってやるからな

あとりんご好きの悪魔とか現れたら速攻捨ててやる


俺はこの得体の知れない本の表紙に手をかけ一気に開いた

「ほっ!」


恐る恐る最初のページを覗いた


そこにはたった一言だけ書かれていた


「…全知の書」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ