とある日のプロポーズ(別のカップル)
洗濯も干し、まったりテレビを見ていた。
少し経ったときドアが開いた。寝癖をつけ眠そうな顔を隠すこともなく一緒に暮らしている彼が起きてきた。今の時間は朝というには遅すぎて、お昼というに早すぎるなんとも言い難い時間帯だ。
「ふぁ…おはよう」
欠伸をしながら挨拶をし、彼はダイニングテーブルへと向かい椅子に腰かけた。私は挨拶を返し、キッチンへ行きご飯をよそい、インスタント味噌汁でお味噌汁を作り彼の目の前に置く。そして私は彼の目の前の席に座る。
「えっと…怒ってる?」
「なんで?」
「いや…あー…」しどろもどろに言葉を吐いてはご飯に視線を向けては私を窺う彼。私は無言で立ち上がり2切れの卵焼きを乗せた皿を彼の前に置き、椅子に座る。
「…えと」
「今日は快晴なんだって」
機嫌を窺おうとする彼に私は当たり障りのない会話を振った。彼は戸惑いながらも「そうなんだ」と答えた。私は小さくため息を付き、また立ち上がり今度は納豆を持ってきて彼の前に置いた。彼は「うっ」と眉間にしわ寄せながら唸り、私はにんまり笑い、席に着いた。
「…少し寝すぎたよ」
「そうね」
「…ごめん」
私は「食べたら」と食事を促した。彼は両手を合わせ小さな声で「いただきます」と言い食事をし始めた。私はそれを机に方肘をつきその手に顔を置いてテレビに視線を向けた。
「それで今日のあなたのご予定は?」
「…ウィンドウショッピングでもどうかなと」
「ふーん…ご機嫌取りということなのかしら?」
視線はずっとテレビに向けたまま私は答えた。彼は「いや…ん~…」と唸りながらも食事の手は止めずにもきゅもきゅと食べている。唸り声とご飯を食べる音、テレビ音と聞いていてなんだか可笑しくなり、彼へと視線を向ければやはりの如く遠ざけられてた納豆を見て私は小さく笑った。
「な、なんだよ」
「いや。ただやっぱり納豆は食べないんだなと思って」
くくくと笑いながら言えば、彼はバツの悪そうに顔を顰めた。私はそれにまた笑う。顰めたまま食べていた彼だが私につられたのか小さく笑った。
「それでご機嫌取りではない予定はあるのかしら?」
おどけた様に問いかければ彼はお味噌汁を飲み干していた。
そしてんーっと首を傾げ、じーっとこちらを見る。
「…なぁに?」
「…婚姻届けを取りに行こう」
「は?」
私は開いた口が閉まらなかった。それに彼はとても満足そうな笑顔を浮かべている。私は脳内で何回も婚姻届けと反芻し意味を理解していく。理解するのに時間がかかり何回か言葉を発しようと口を動かしたが声にはならずパクパクと開閉する形になってしまった。
「ふはっ。そうだよ。そういうことだよ」
一度吹き出し彼が肯定する。何も言わない私に彼はもう一度、今度ははっきりと「結婚しよう」とにこやかに笑いながら言った。
「…それって今言うこと?」
「え?うん。今が絶好のタイミングだと思ったけど」
「ロマンチックもなにもないね」
「下手にサプライズしても君は素直に喜ばず捻くれた言葉を返すだろ?」
言葉が詰まった。それを見て彼はふふふと笑う。
「俺はね。プロポーズは自分が幸せだと感じたときに言おうって思ってたんだ」
「…それってホントいまなの?」
「今だよ」
ふふふと楽しそうに彼は笑っている。
「小さなことでケンカしては仲直りして。笑う。質素でもこんなおいしいご飯だって出してもらえるんだから幸せだよ」
「後半は明らかに嫌味だわ」
「ちょっとしたいたずら心だよ」
「それに仲直りしてない」
「そうかな」と彼は首を傾げた。私は「そうよ」と返した。すると彼は左手を私へと差し出してきた。
「…なに?」
「仲直りの握手をしよう」
「今朝は寝すぎちゃったね。ごめん」と握手をしようと手を軽く振る。私はその手に手を重ねる。するとぎゅっと握られ「仲直り」と彼が言った。私は少し恥ずかしくなって直ぐに手を引こうとしたのにそれを彼は許してくれなかった。不思議に思い彼を見るとにこりと笑い。握っていた手は握りなおされ今度は私の手が上になり下に彼の手が添えられた。
「今からの予定なんだけど…この指に嵌るものを見に行こう」
そう言って彼の右手が私の小指の隣の指に何かを嵌める動作をしながら言った。私はそれに彼の顔を凝視した。彼は満足そうに笑い、続けて言う。
「そして婚姻届けを取りに行こう。今度はサプライズでこの指に嵌るものをプレゼントするね」
にこりと笑い、彼は食べ終わった食器を片すため立ち上がった。私はただただ固まることしかできなかった。