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それでいいんだ

「ーりあ?優梨愛??」


「え、何?」


「だから、質問してんの質問!もしかして聞いてなかったの?」


「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど…。」


昼休みの食堂、私たちの間に気まずい空気が流れた。


気づけばもう10月。夏休みも終わり、大学では後期に入っていた。


だが、私の中では、時間は止まったままだ。私は、ちっとも前に進んでいない。


母と兄たちを、未だに避けてしまう。いや、前から避けてはいたがさらに悪化してしまった。


家にいると、自分がどうしていればいいのか分からなくなる。


母や兄と、どう接していいのか分からない。


私はどうしていれば兄たちを怒らせずに済むの?どうしていれば母に認めてもらえるの?


考えれば考えるほど分からなくなる。


分からなくなって、結局は自分が悪いんだという自己嫌悪に陥る。


だって、母と兄に、父親のことを隠されていたのも、私がダメな娘だからだもん。


確かに受験のことはあったかもしれないけど、家族にとって大事なことなんだったら、私だって知りたかったに決まってるじゃん。家族のために何かしたいって思うに決まってるじゃん。


だって私も家族の一員なんだから。


私にはそれすら思う資格がないの?私って、家族にとってそんなに小さい存在だったの?そんなに駄目な娘だったかな…。


それに気づいてから、家にいて母と兄だけが楽しそうにしているのを見ると、怖いくらい寂しくなる。怖いくらい悲しくなる。


もう嫌だ。嫌だ。逃げ出したい…。家に帰ろうとすると、気分がどうしようもなく憂鬱になることが増えた。


脚がすくみ、気分がモヤモヤする。家にいても、素で笑ったり、しゃべったりすることができない。


それもあってぎこちなくしている私は、更に母や兄に煙たがられた。


態度が悪い。見てて腹立つ。


兄たちから言われる言葉が、針のように私の心に突き刺さる。


そして母は、そんな私のことは気にかけもせずにいる。声をかけるどころか心配すらしてくれない。


こんなに苦しくて、辛い思いをしているのに、なにもないかのようにしている。


助けて、誰か助けてよ…もうこんなの嫌だよ…。


「ゆーりーあー。」


うわあ、と顔を上げると、有紀が苦笑いしながら私を見ていた。


「もう3限始まるから行くぞ。」


「う、うん。」


私は曖昧に返事をしてみんなの後について行った。


大学が始まってもう2週間ほどたつが、私はみんなの会話についていけなくなってしまった。


最初は休み明けのブランクかなと思った。けど、違うみたいだった。


夜に熟睡できないせいか、頭がぼーっとする。


みんなの話や先生の説明耳にが入って来ない。それに、じっと座っていたら、つい考え事をしてしまう。


母や兄たちのこと。父のこと。翔太さんのこと…。


だから夢美たちには迷惑をかけてしまっている。さっきみたいに、みんなの話を聴けてなくて気まずくなることがしょっちゅうだ。


はあ、何やってんだろうあたし。このままずっとこうなのかな。このままみんなともうまくいかなくなったらどうしよう…。



ガシャーン!!


「す、すみません。新しいお飲み物をお持ちします!」


バイト中、私はお客さんから頼まれたお酒を盛大にこぼしてしまった。


お客さんに中身がかからなかっただけまだよかったが、グラスも6個割ってしまったし、私もお酒まみれになってしまった。


忙しくててんやわんやしていたのもあるけど、こんなに大きな失敗をしちゃうなんて…私がグラス処理を終え、厨房に戻ると、フロントにいた笹野さんが立っていた。


「宮瀬さん、さっき会計してくれた3人組の会社員の人からいくらいただいた?」


「えっと…割引券を出されたから、9百円引いて、5千2百円だったと思います。」


「んー…。たぶん割引きミスってるわ。クーポン券の割引は人数が何人いても1枚しか適用できないんよ。」


「え!そうだったんですか、すみません。」


「大丈夫。後で調節しとくから。」


笹野さんはそう言ってフロントに戻っていった。


最悪だ。さっきの会計でもミスしてたなんて…。私は思わず涙目になってしまった。


その日の夜、私はついに一睡もできなかった。


夢美たちの困ったような、苦笑いした顔が頭にちらつく。ごめんね、みんな。本当にごめん…。


そして、バイト先でたくさんミスをしてしまったことが脳裏をよぎり、胸が痛んだ。


なんであんなミスしちゃったのかな…それに、笹野さんにだけは、迷惑かけたくなかったのに。


そう思うと、情けなくて、悲しくて、落ち込んで、胸がズキズキと痛んだ。


もう夜中の2時だ。寝なくちゃ…。


そう思って布団に入ったはいいものの、静かな、真っ暗な夜に一人で目をつむっていると、色んなことが頭に浮かんでくる。


このまま友達にも、バイト先にも迷惑かけ続けちゃったらどうしよう。そんなんだと、あたし…


存在意義無いじゃん…。




あれ、今日は夢美がいない。どうしたんだろう…。


朝の登校途中、しょぼつく目をこすりながらバス停へ行くと、いつも同じ時間帯のバスに乗っている夢美の姿が見当たらなかった。


おかしいな、どうしたんだろう。このバスに乗らない日はいつも連絡しあてるのに…。


私は心配になってもう一度LINEを見てみた。だが、私が送ったメッセージには既読すらついていなかった。


1人でぼーっとしながらバスに揺られていると、いつもより時間が長く感じられた。


早く大学につかないかな…。退屈だししんどいな…。


もうしばらくバスに揺られ、やっとの思いで大学についた。


はーやっと着いた。朝からなんだか疲れたな。とりあえずトイレでも行ってこよ。早く講義室に行ったって暇だし…。


いつもなら夢美と大学のラウンジで時間をつぶすが、今日はひとりだ。


そしてトイレに入って戸を閉めると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。


あれ、もしかして夢美?


声の主はおそらく夢美だ。夢美は誰かと話しているようだ。


そして夢美の話し相手の子が、でもさーっと言ってこう話した。


「夢美、ほんとによかったの?優梨愛ちゃんに黙って、私の車で登校することにして。」


え…私が驚いていると、夢美があははと笑ってから答えた。


「別にいいんじゃない?だって優梨愛、夢美といても楽しそうじゃないんだもん。」


ドクン、ドクン、ドクン…心臓の音が大きくなるのを感じた。そして私は、さらに夢美の声に耳を傾けた。


「毎朝どんよりした顔しててさ、会話も盛り上がらないし、優梨愛も夢美といてつまんないんでしょ。


夢美もつまんないもん。優梨愛のせいでバスに乗るの憂鬱になっちゃった。」


心臓の音がさらに大きくなる。そっかーっと言って相手の子がまた口を開いた。


「それでバス登校が嫌になったのね。まあうちはいつでも送るし、また声かけてよ。」


「うん!助かるよかおり!ありがとう。


でも、毎日だとさすがに優梨愛がかわいそうだし、どうしたら…。」


バン!私は勢いよくトイレのドアを開いた。


ドアを開けると、そこにはびっくりした顔をした夢美たちが立っていた。


相手の子は笠原かおりちゃん。そういえば夢美の家の近くに住んでるって聞いたことあるな。


「夢美、今までごめんね。夢美にそんな思いさせてたなんて、申し訳ない。


もう一緒に登校しなくて大丈夫ですよ。」


私は手を洗いながらそういい捨ててその場から立ち去った。


まだ心臓がバクバクしている。


あたしが悪いのに、あたしが悪いって分かってるのに…。


私の目には、自然に涙が溢れてきた。



どうしよっかなー、気まずいな…。


1限目の授業は必修科目だったからまだよかったが、2限目は空きコマだから、夢美と顔を合わせなければならない。


みんなとは一緒にいたいけど、夢美はあたしと一緒にいたくないよなきっと…。


そう思いながらも席が近かった有紀と合流し、いつものように私たちは食堂に集合した。


もちろん夢美もいる。みんなは今朝の出来事を知らない。でも、私と夢美の間には気まずい空気が流れる。


みんなに知られたくない。私は咄嗟に夢美に笑顔で話しかけた。


「今日の一限だるかったねー。寝そうになっちゃった。」


「ゆ、夢美もだよ。今日の話つまんなかったし。」


夢美も笑顔でそう言った。だよねー、と有紀も絢も賛同した。


よし、いつもと変わらない。いつもと変わらず、みんなが笑い合っている。


よし、これでいいんだ。これで…。


別に夢美に謝ってほしいとも、私が謝ろうとも思わない。


ただ、こうして私が居れる場所があればそれでいい。


そう、それでいいんだ。それで。


だから、自分の気持ちを分かって欲しいとか、誰かに相談したいなんて、もう思わない。


分かって欲しいなんて思ったら、ほんとに居場所がなくなっちゃいそうだから…。







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