七夕のおかげ
さーさーのーはーさーらさらー…街中に流れている七夕の歌が、バイト先のフロントにまで聴こえてくる。
今日から7月。そろそろ七夕の時期だ。そういえばここ数年、願い事なんて短冊に書いてないなー。
私はそんなことを考えながら、ぼんやりと七夕の歌を聴いていた。今日は平日だから、割とお客さんが少なくて暇だった。
「そういえばさー、宮瀬さんとライン交換してないよね?せっかくだから今のうちに交換しようよ。」
隣に立っている高山さんにそう言われて、私はびっくりしてしまった。
「は、はい…えっと、その…」
「いや、実はさ、今バイトのみんなと飲み会しようと計画してて、みんなの連絡先集めてるんだよね。」
「そうだったんですね!飲み会、私も誘っていただけるんですか?」
「え、当たり前じゃん。でも、いまのところみんなの出してるシフト見て調節しようと思ってるから、全員来れるかはわかんないけどね。」
私は高山さんの話を聞きながら、ふと笹野さんの顔を思い浮かべた。笹野さんも、来れるといいな…ていうか、あたしが行けるかどうかも心配だ…。
22時になり、バイトを上がった後に高山さんとラインを交換した。
「よし。とりあえず飲み会のグループ誘っとくから参加しといてね。」
「はい。ありがとうございます。」
私は高山さんにそう返事をして、帰りのバスへと急いだ。そっか…バイト先の飲み会、すごい楽しみ!
私はお酒飲めないけど。皆さんと遊べるなんて嬉しいな…。バス停に着き、バスに乗りむと、さっそくラインのバイブ音が鳴った。
高山さん招待するの早いな…しかもグループ名が”皆の者、飲み明かそうぞ”って…私は、高山さんのネーミングセンスに思わず吹き出してしまった。
グループメンバーは、原田さんと、じゅりさんと、高山さんと、もりさんと…笹野さん!
私は思わず目を見開いてしまった。笹野さんのラインのアイコンやホーム画面をすぐにチェックしてしまっている自分に気づいて、何やってんだろう、と苦笑いした。
“こんばんは。企画者の高山です。今のところ、休みが合いそうなのがこのメンバーです。7月7日、9日、14日のどこかに飲み会しようと思います。とりあえず7時にスーパーに集合して買い出し行ってから、原田さんちで飲み会ね。都合いい日教えてくれーい。”
そっか…9日はサークルあるし、14日は夢美の誕生日だしなー。
“7日がいいです。よろしくお願いします”
私が返信すると、次々に返事が返ってきた
“自分も7日がいいっす”
“私も7日で”
“うちもー”
そして、笹野さんの返信
“俺も7日で。でも18時まで授業だから少し遅れていくわ”
よかった…でも笹野さんも来てくださるんだ!やったあ。私はバスの中で小さくガッツポーズをつくった。
でも、よく見たら1,2回しか会ったことない人ばっかだなー、緊張する。でも、これを機にその人たちとも仲良くなれたらいいな…。
携帯から顔をあげて外を見ると、きれいな三日月が出ていた。七夕も、今日みたいに晴れればいいなー…あ!そういえば飲み会の日が七夕なんじゃん!そっか、七夕の日か…
この日の夜、私は折り紙で作った短冊に、ひさしぶり願い事を書いた。──もっと、笹野さんと仲良くなれますように──。
ブオーンっという大型車が通り過ぎる音にいちいち反応しながら、私はかなりいらだっていた。バスが来たと思って顔をあげたら勘違いで、またバスが来たと勘違いしてをずっと繰り返している。
今日だけはバスに遅れてほしくなかった。だって、だって今日は…
「あー今日はバイトの先輩と飲み会なのにー!バス遅れすぎだよ~。これで飲み会の買い出し遅れたら最悪なんだけど…」
「バスが遅れるなんていつものことじゃん。でも先輩たちとの待ち合わせに遅刻したくない気持ちもすごい分かる」
夢美にそう言われて、私の不満はますます大きくなった。
「でしょ?やっぱそうだよね…あ、やっとバス来た!早く乗ろうっっ」
私は夢美の手を引き、バスに誰よりも先に乗りこんだ。時刻は5時45分。待ち合わせの時間まであと15分しかない。今日に限って10分も遅れるんだから、やってらんないよ…私は時計を見ながら眉をひそめた。
「ヤバいヤバい、絶対遅刻だよ…あ、高山さんからLINE…うそ!?もう着いたの!?」
そのLINEを筆頭に、先輩方はぞくぞくと集まってくる。
「結局あたし待ちになっちゃったよ…笹野さんはバイトだからしょうがないとして、一番年下のあたしが遅れるとか…もう最悪…。」
「そんな気にすることないって。もう連絡はしてあるんでしょ?大丈夫だって。」
夢美が落ち込んでいる私を慰めてくれただけありがたかった。そして、先輩方との待ち合わせ場所の近くのバス停に着き、私は全力ダッシュでその場所に向かった。
んー…やっぱり落ち着かないな…。私は、大皿に乗っているたくさんのたこ焼きやつまみを見ながら、肩身が狭かった。
先輩方は遅れて来た私を笑顔で迎えてくれたし、色々話かけてださって助かったけれど、それでもやはり緊張してしまう。嫌でも気を遣うし、年上の方々といきなりご飯というのも落ち着かなかった。
私たち全員分のグラスに飲み物がつがれたところで、高山さんの挨拶が始まった。
「えー、今日は忙しい中集まってくれてありがとう。集い場所を提供してくれた原田さんもサンキュー。それでは、いつもお疲れ様です!乾杯!」
カラン…というグラス同士がぶつかり合う音が響き、みんなでグラスに口をつけた。私はリンゴジュースだが、みなさんはお酒をグビグビ飲んでいた。
よーし食べようか、といってみなが箸を手に取ったところで、ピンポーンというインターホンの音が鳴った。
いちばん外側の席に座っていた私が玄関に行くと、そこには…
「遅くなってごめん、みんな買い出しありがとね。」
笹野さんが私服姿で立っていた。グレーのTシャツに細身のジーンズがよく似合っていて、私は思わず顔が熱くなった。
「おー笹野君!バイトお疲れー。とりあえず近くの席に座って。」
高山さんがたこ焼きを頬張りながら声をかけ、笹野さんはそれにうなずき席に着いた。私の、隣の席に。外側にあった、たまたま近い席だからという理由で座っただけなのに、すごく嬉しかった。
「よーし、これで全員そろったね。みんな笹野君の分のごはんは…」
「ねーお酒足りなくなったんだけどー、誰か取ってきてー。」
「ちょっとじゅりちゃん、俺しゃべってるから!ちゃんと話聞いて!」
高山さんがじゅりさんへのツッコミを炸裂させたところで、一気に笑いが起きた。私もつい声をあげて笑ってしまった。
「お、優梨愛ちゃんやっと笑ったー。ずっと緊張してたもんね。そういえばさー、優梨愛ちゃんしか10代いないんだよね。いやー、若いね!」
原田さんのその言葉にみんなが確かに、声をあげる。私は少しはにかみながらリンゴジュースを飲んだ。
「俺は今年で23だからなー。そういえば今どきの19歳って大学で友達とどんな話するの?」
「あ、それ私も興味ある!若い子たちの会話とか知りたいもん。」
「えーっと…私たちの会話では結構SMSの話題が多いです。昨日こんなの載せてたよねーっていう話をよくします。」
「うわー、うちなんもしてねー。若い子についてけないよ…。」
原田さんは頭を抱えて大げさにリアクションをした。質問したはっしーさんもなにそれーっと言っている。え、みなさんインスタとかしないの?
「俺もインスタしてるよ。趣味のためにしてるから本名ではないけど。」
笹野さんのその発言に、高山さんがワインを飲みながらつっこんだ
「おい笹野!お前は俺らの仲間じゃなかったのか!?インスタなんて今どきのものしやがって、我を置いていくでない!だいたい俺らは同い年じゃ…」
「ねーねー高山さんは最近彼女とどうなのー?」
「だからさーじゅりちゃんはどうして俺の話を聞かないわけ??」
じゅりさんはえへへと笑いながらピスタチオをおいしそうに食べていた。じゅりさんは少々天然の先輩だ。人の話をまるで聞けない人なのかもしれない。
でも、ぱっちり二重にあひるぐちがかわいい先輩で、お客さんからも人気がある。それに、人柄もよくて誰とでもすぐに打ち解けられる人だ。
「そだなー…最近は喧嘩ばっかかな。3年付き合っててこんなに喧嘩ばっかしてるのは初めてかも」
「えー!てか高山さん彼女と3年も付き合ってるの??意外だ。」
「おいおい、意外ってどういうことだよ。てかみんなの恋愛事情はどーなわけ?」
この話題ちょっと困るな…。私は自分に声がかけられないようにないようにずっと下を向いていた。恋愛の話をするなんて友達の前でさえ緊張するのに…でも、みなさんの恋愛事情は少し気になるかも…。
「うちなんて2年前に彼氏に振られて以来なーんもないよ。」
原田さんはお酒をグラスに注ぎながら呟いた。原田さん男っぽいからねー…と言ってしまったもりさんに、原田さんは肘打ちした。
痛ってーっと声を上げるもりさんをよそに、原田さんは何食わぬ顔で枝豆を頬張っていた。
「僕も最近はなんにもないなー。将来ぜったい結婚できないと思う。」
おなかをさすりながらそう言ったもりさんに素早く高山さんが反応した。
「そうなんだよもり!俺も結婚はできそうにないや。自由じゃなくなるのは耐えられない。男は自由を求めるもんだ。なー笹野く…ん?笹野君どうした?」
その声にみんなが一斉に笹野さんを見ると、笹野さんは顔を真っ赤にしてうつろな目をしていた。しかも顔だけじゃなくて腕や足も真っ赤だ。
「笹野君ってもしかしてお酒弱いの?なんだ、かわいいとこあるじゃん。」
「俺そうとう弱いかも…ワイン一杯と梅酒しか飲んでないのに、今めっちゃ眠いもん。」
「そんだけで!?笹野君よっわ!?宮瀬さん、ちょっと冷蔵庫にあるコーヒーとって来て。コーヒーって酔い覚ましにいいらしいから。あと眠気覚ましにもね。」
「はい、分かりました。」
私は立ち上がり、すぐに冷蔵庫からコーヒーを出した。コーヒーを注いだコップを渡しながら、私は笹野さんに声をかけた。
「笹野さん大丈夫ですか?少し横になりますか?」
「ありがと宮瀬さん。いや、このまま横になったら朝まで寝ちゃいそうだからいいよ。原田さんにも悪いし。」
「そっか…よし、時間ももう遅いし、笹野君がピンチなので今日はこれでお開きにしよう!さて、ここら辺片づけますか。」
「ちょっとーまだうちのたこ焼き残ってるしー。」
「いやもうそろそろ食い終われよ!お前だけだぞまだ食ってるの!」
高山さんからの怒声を浴び、原田さんはチェッと舌うちしてたこ焼きを一気に口の中に詰め込んだ。もうとっくに冷めてるたこ焼きなのによく食べれるな…私は原田さんに感心しながら机の上を片づけを始めた。
笹野さんも早く家に帰らせてあげたいし、とっとと片付けてしまおう。私はお皿を全て重ねて急いで流しへ運んだ。
「じゃ、みんな気をつけてねー。」
原田さんはお酒がまわって赤くなった頬をゆるませて私たちに手を振った。もりさん、高山さんは原田さんと同じアパートだからそのまま帰宅し、私とじゅりさん、笹野さんは駅まで歩いて行くことになった。
ここから駅まで、約10分ほどある。私とじゅりさんが心配する中、笹野さんは大丈夫だからと言って歩きはじめた。仕方がないので私たちは笹野さんの後について歩きだした。
暗い夜道の中、じゅりさんは今日の飲み会であったことを楽しそうに話している。一方で、笹野さんは話を聞くどころじゃないし、私もそんな笹野さんが心配で話に集中できなかった。
「笹野さん、駅からどうやって帰るんですか?バスとか電車に乗らなきゃいけないんですか?」
「いや、駅から歩いて5分もないところに住んでるから、自分で帰れそうだよ。少し眠気もおさまってきたし。」
「そうなんですか、よかった。あんまり遠くではないんですね。」
「うん。宮瀬さんは?結構家遠いんだっけ?」
「はい。駅まで行ったらバスに乗ります。だいたい家の近くのバス停まで30分ほどかかって、そこから歩くからちょっと遠いんです。」
「へー、遠いね。家までどれくらい歩く…」
「ちょっと!私のはなし聞いてるの?」
「は、はい!」
私と笹野さんは慌てて返事をした。じゅりさんのふくれ面をみて、私と笹野さんは顔を見合わせて笑った。
正直、今がいちばん楽しいかもしれない。飲み会の最中ではなかなか笹野さんと二人で話せなかったぶん、こうして話せるのがすごく嬉しかった。最初のころよりずいぶん会話がはずむようになった。
私も、自分から話しかけられるようになれたし。これも、飲み会のおかげなのかな、それとも…
「さーさーのーはーさーらさらー。そういえば今日は七夕の日だね。年とったらあんまりそういう実感もなくなってたけど、これ見たら実感わくなー。」
じゅりさんの声に顔を上げると、私たちはもう駅までたどり着いていた。そしてそこには、きれいなイルミネーションが広がっていた。このイルミネーションは駅前で毎年やっているイベントらしいが、見られたのは今日が初めてだった。
ビルの窓には、天の川をイメージしているのか水色のあかりが長い列をなして連なっていた。
私たちは、しばらく何も言わずにそのきれいなイルミネーションを眺めていた。
「あ、あたし、そろそろバスの時間なので帰りますね。みなさん、今日はありがとうございました。気をつけてお帰りください。」
私は、もうすでにバス停に止まっているバスを恨めしく思いながら走り始めた。ばいばーい、と言いながらじゅりさんは手を振ってくださった。
私はそれに笑顔で返す。笹野さんを見ると、小さくだけれど手を振って下さっていた。私はさらに嬉しくなって、笑顔いっぱいでお辞儀をした。
きっと、七夕のおかげだな、笹野さんと仲良くなれたのは…願い事叶っちゃった!
私はバスに乗り込みながら、空を見上げてにっこりほほ笑んだ。
“みんな、今日は本当にありがとう!すごく楽しかった。また集まろう”
私がお風呂から上がると、高山さんからラインが来ていた。
“私も楽しかったです。ありがとうございました!”
髪の毛を拭きながら、私も返事を返した。徐々に集まるみなさんの返事の中で、もりさんから送られてきた写真が目にとまった。
“飲み会でとった写真送っときまーす”
見てみると、そこには飲み会の初めのほうに撮った全員の写真が表示されていた。
「みなさん、よく撮れてるなー。」
私はそれぞれの先輩方を見て顔をほころばせた。そして、私の隣でピースサインをしている笹野さんも目に入る。
写真、素直に嬉しいな。私は写真を保存して、ドライヤーをかけに洗面台へ向かった。