赤ずきんくんとオオカミちゃん
森で出会ったのは、オオカミの女の子と、赤いずきんをかぶった――
むかしむかし、あるところに、とても可愛らしい男の子がいました。
ある時、森の奥に住むとあるおばあさんが、赤いずきんを作って男の子にプレゼントしてくれました。
そのずきんが男の子にとても似合っていたので、みんなは男の子の事を、『赤ずきん』と呼ぶようになりました。
ある日のこと、お母さんは赤ずきんを呼んで言いました。
「この間いただいた素敵なずきんのお礼に、このケーキとぶどうジュースを持って、おばあさんのところへ行っておいで。きっと、喜んでくださるから」
「はーい、お母さん!」
赤ずきんはおばあさんのことが大好きだったので、会いに行けるのが嬉しくて、元気良く返事をしました。
でも、お母さんは心配でたまりません。お母さんは用事があって一緒に行けないうえに、赤ずきんがひとりで出かけるのは初めてだったからです。
「いいですか、途中で道草をくってはいけませんよ。日暮れまでには帰っていらっしゃいね。それから、”おっかない、悪い奴”に用心しなさい。どんなひどい目にあうかわからないから、しっかり変装して、もし見つかったら急いで逃げるんですよ」
「大丈夫だよ、お母さん。ぼく、気をつける」
赤ずきんは、ちゃんと支度を整えると、仕上げにお気に入りの赤いずきんを目深にかぶり、腕には贈り物の入ったバスケットを提げて、森へと出かけて行きました。
「いってきまーす!」
赤ずきんが鼻歌を歌いながら森の中を歩いていると、どこからか、小さなひとりごとが聞こえてきました。
「あぁ、なんて良い匂いなのかしら! とってもとってもおいしそう……」
お母さんの言葉を思い出した赤ずきんは鼻歌を止め、素早く辺りを見回しました。
……少し離れた木の陰に半分隠れるように、女の子が立っていました。女の子の頭には三角の耳が、おしりからはふさふさしたしっぽが生えていました。――――オオカミです。
赤ずきんと目が合ったオオカミは、さっと木の陰に引っ込もうとしました。
どうやら”おっかない、悪い奴”ではなさそうです。赤ずきんはほっとして、オオカミに向かって笑いかけました。
「こんにちは!」
挨拶されたオオカミはびっくりした顔をしましたが、すぐに「……こんにちは」とぺこりと頭を下げました。
赤ずきんがにこにこしているので、オオカミもつられたように笑顔になりました。
「素敵な赤いずきんね」
「うん。おばあさんがくれたんだ! これから、そのお礼を言いに、森の奥のおばあさんの家へ行くところ!」
あぁ、とオオカミは納得したようにうなずきました。
「そのバスケットの中身はなぁに?」
「ケーキとぶどうジュース。おばあさんが大好きなんだ!」
「そう、おばあさんが……」
オオカミの目がじぃっとバスケットに注がれているのに気がついた赤ずきんは、そっとバスケットを引き寄せました。
「……ごめんね。君にも分けてあげたいんだけど、おばあさんへの大事な贈り物だから、駄目なんだ」
オオカミは慌てた様子で首を振ると、落ち着きなく辺りをきょろきょろ見回し、「……お花」と呟きました。
「え?」
「ほら、いっぱい咲いているでしょう? ……お花も摘んで、お菓子と一緒に、おばあさんに持っていってあげたらどうかしら」
「わぁ、いい考え!」
おいしいケーキやジュースとおんなじくらい、おばあさんは、いい香りのお花も大好きでした。きっと喜んでくれるに違いありません。
素敵な思いつきを教えてくれたオオカミと手を振って別れ、赤ずきんはさっそく、辺りに咲いていた色とりどりのお花を摘みはじめました。
腕いっぱいにお花を抱えた赤ずきんは、少し急ぎ足で、おばあさんの家へ向かいました。
「おばあさん、こんにちは!」
コンコンコンッ、と元気良くドアをノックしましたが、返事が返ってきません。赤ずきんは首を傾げ、ノックを繰り返しました。
「おばあさーん?」
コンコンコンッ。
……やっぱり返事はありません。
試しにドアを押してみると開いたので、赤ずきんは不思議に思いつつも家の中に入りました。
「おじゃましまーす……あれ?」
部屋の奥のベッドでふとんがこんもりふくらんでいます。
ひとまず荷物をテーブルにのせ、赤ずきんはベッドに近づきました。
「おばあさん? 寝てるの?」
そばで呼びかけても、やっぱり、何の返事もありません。
ふとんの中にもぐりこんで、おばあさんったらかくれんぼのつもりなのでしょうか?
赤ずきんがふとんをめくろうとすると、「お、起きてるよ!」とようやく返事が返ってきました。すっぽりナイトキャップをかぶった頭がほんの少し、ふとんからそろそろと出てきます。
「こんにちは、おばあさん。どうかしたの?」
「……ちょっと具合が悪くて……」
「えっ、大変! 大丈夫?」
「あまり近づかないでおくれ……うつすといけないから」
ふとんの中からぼそぼそと話すおばあさんをじぃっと見つめた赤ずきんは、またもや首を傾げてたずねました。
「ねぇ、おばあさん。おばあさんの声が、なんだかいつもより細いみたい」
「こ、声を枯らしてしまって……うまく喋れないのさ」
「それに、ちょっと体が小さくなったように見えるし」
「ずっ、ずっと寝てるせいかね……」
「それから、そのナイトキャップ――」
赤ずきんは、笑い出したくなるのをこらえながら、様子のおかしなおばあさんの頭を指差しました。
「――表と裏、向きが逆になってるよ? ぼく、なおしてあげる」
赤ずきんはさっと手を伸ばすと、素早くナイトキャップを外しました。
その下から現れたのは、大きく目を見開いた、オオカミの女の子の顔でした。
「ごめんなさい……」
ベッドの上のオオカミは、しょんぼりと耳を垂れて謝りました。
「だますつもりなんてなかったのよ。でも、頭が真っ白になってしまって」
「どうして君がおばあさんの家にいるの?」
ベッドのそばの椅子に腰かけて、足をぷらぷらさせながら、赤ずきんがたずねます。
「おばあさんに、赤ずきんくんがたずねて来たってことをはやく知らせてあげたくて……一足先におじゃましたんだけれど、その時にはもう、お留守だったの」
オオカミは、「しばらく旅に出ます」というおばあさんの書置きを赤ずきんに見せました。
「ケーキもお花も、せっかく用意したのに駄目になってしまうでしょう? それに、おばあさんに会えるのを楽しみにしていたみたいだったから、どんなにがっかりするかしら……と思っているうちに、赤ずきんくんがやって来てしまって……。どうにかしなきゃと焦ったら、よせばいいのに、そばにあったナイトキャップをかぶって、ふとんにもぐりこんでおばあさんのふりをしてしまったの」
語り終えたオオカミは、おそるおそる赤ずきんにたずねました。
「あの……ひょっとして、はじめからばればれだった?」
「うん。さっき会ったオオカミちゃんだなぁって」
赤ずきんが素直にうなずくと、女の子のほっぺたはみるみるうちにリンゴのように真っ赤になりました。
「でも、ありがとう。オオカミちゃんは優しいね」
赤ずきんにお礼を言われたオオカミは、ちょっとの間目を伏せて黙り込んだ後、「……ずっと不思議だったんだけれど」とぽつりと呟きました。
「あなた、わたしのこと、怖くないの?」
「どうして?」
「だって……わたし、オオカミだもの」
赤ずきんはきょとんとした後、声を立てて笑いました。
「もちろんちっとも怖くなんかないよ!ぼくらにとって怖いのは、”おっかない、悪い”狩人だけ。そうでしょ?」
「えっ?」
赤ずきんは、今までずっとかぶっていた、お気に入りのずきんを脱ぎました。あらわになった頭には大きな耳が生えています。ごそごそと服をさぐると、しっぽも現れました。
……自分とそっくりなオオカミの耳としっぽをまじまじと見つめたあと、女の子も笑い出しました。
「まぁ。わたしたち、おんなじだったのね!」
それからふたりは、赤ずきんが持ってきたケーキとぶどうジュースを仲良くたいらげました。
家へ帰ると、はらはらしながら赤ずきんを待っていたお母さんがすっとんで来ました。
「道に迷わなかった? ”おっかない、悪い奴”には会わなかった? おばあさんはお元気だったかしら?」
おみやげの花束を渡しながら、赤ずきんはにっこり笑って答えます。
「ちゃんと行けたし、危ないことは何もなかったよ。残念ながらおばあさんには会えなかったけど、新しいお友達ができたんだ!」
森で出会ったのは、オオカミの女の子と、赤いずきんをかぶった――オオカミの男の子でした。
おしまい!