ガムに賞味期限はないらしい
夜の闇の中
赤茶けた土地に、古ぼけた都市を見つけた
こんなところに大戦前の都市があるとは知らなかった、と思いながら
バギーのハンドルを都市に向けて切る
都市に光は無く
人の気配もない
俺以外の生存者がいる様子はない
だが、万が一のことを考えて電気銃を手元に置いておく
暗い車内に電気銃に描かれたロゴが光る
所々ひび割れたフロントガラスを通して見る世界は、一様の濃度で広がる闇で
その中のヘッドライトで照らされた部分だけが、異様な明るさを持って存在していた
闇はその中に沈黙を包み込み
それを破ろうと虚しい努力をするかのように
年季の入ったエンジン音だけが聞こえる
小さな丘を越え、光がその暗闇を切り裂くと、目の前に廃墟となった高層ビルが現れた
ブレーキを踏み、タイヤから上がった土煙が光に照らされる
車体が完全に停止すると同時に、ダッシュボードから懐中電灯を取り出す
懐中電灯を左手に電気銃を右手に持ってバギーを下りた
懐中電灯は月の光程も無い位弱い光だが暗闇よりはましだ
何か役立ちそうなものが残っていることを祈ってビルの中に入る
僅かでもガソリンがあれば一攫千金だが……そんなのは、夢物語でしかない
中は酷いものだった
内部は荒れに荒れていた
破壊し尽くされていた
生存者同士の戦闘があったのだろうか
壁には銃弾の跡と熱線によって融けた跡があった
割れたガラスは散乱し
そこら中に木片が砕け散っている
さらにそれらの戦闘の跡の上には、既に砂埃がこれでもかとばかりに積もっていた
もう、破壊から何年も経っているようだ……
それでも、と思い手近な部屋に入ってみる
外れかかった金属のプレートにはくすんだ文字で01017と打たれていた
ここは住居区だったのだろう
箪笥か何かの残骸が散らばっていた
錆びた鏡の破片が散乱して、踏むたびに鋭い音を立てる
流石に戦闘の跡までは無かったが、略奪の後であるのは明らかだった
略奪後に破壊したのか
破壊後に略奪したのかはわからないが
破壊というおまけ付きだった
ほとんどの物体がその原形を遠い昔に置いて来てしまっていた
幾らか増しな箪笥を見つけたが中はほぼ空っぽだった
スプーンかフォークの金属の柄を引き出しの奥に見つけた
隣にくすんだ赤色の布の切れ端と細長い紙片のようなものがあり、何気なく手に取ってみる
紙片には何か書いてあるようだったが少し暗いので読めない
全てををとりあえずポケットに突っ込み、部屋を見渡すが、目ぼしいものは他に何も無かった
念入りに探したところで努力に見合った成果など得られるはずもない
この都市も俺の地図に載っていなかっただけで
他の都市と何の違いもない
大戦で終わってしまい
生存者が搾取し尽くし
ただの記憶の彼方のオブジェと化してしまった、過去の都市だ
世界にこんな都市は何千とある
だが、生存者が作ったのは
空調システムが無ければ人が住めないような過去の都市を基礎としたものでは無く
昔ながらの手作りの小屋による集落だった
世界にそういった集落は数百しか無く
日々その数は減っていると言う
階段を登りつつポケットの中で金属の柄を弄ぶ
階上にも特には何も無いだろうが
僅かな希望として
屋上に取り付けられているだろう燃料タンクを見に行くことにしたのだ
踊り場毎に窓が空いている
雲で覆われていたはずの空はいつの間にか晴れていて
そのガラスのなくなった窓は青白い月の光を取り入れていた
幻想的といえば幻想的な
恐怖を煽ると言えばそんなような
なんとも言えない光だった
だいたい70階程だろうか
少し電子義脚が軋んだがなんとか辿り着いた
燃料タンクを見ようと思い足を進め始めたが
近づく前に諦めた
タンクはバラバラになって転がっていた
希望というものは抱かなければ絶望もしないと
誰かが言っていたが
俺はかすかな絶望に胸を燻らせた
ふとポケットに入れていた手に紙片が触れた
何が書いてあったか、そう言えば見ていないことに気付き、取り出してみる
月明かりの下で見てみると、細長い紙片には元はビビットカラーだったのだろうくすんだ文字が書かれていた
読もうと思い広げてみると
紙片に包まれた中からガムが出てきた
何年前のものだろうか
見かけは悪いが、匂いは悪く無く
まだ食べられそうだった
口の中の虚しさに気付き
少しばかり粘り気は気になるが、口に入れてみる
何度か噛んでみて
何も味がしないと思っていた頃
爽やかなミントの味が口の中に広がった
口当たりは悪いがいけなくはない
むしろ美味いと言える部類だった
頭を冴えさせてくれるような原始的な化学物質の味
爽やかな味……
爽やかな味のはずなのに
暗い廃墟となった都市を見下ろしながらたった一人で
虚しい気分になった
月明かりを背に元来た階段を降り始める
足音が嫌に響くような気がした……
人類は築き上げた遺産を破壊し尽くしてしまった
ささやかな幸せを幸せと感じる感性を失い
本当の大切さを見誤ってしまった
地球を徹底的に破壊し
生き残った者も唯ゆっくりと死を迎え入れるしか無い
頭を冴えさせる爽快な味はだんだんと消えて行き
バギーに乗り込む頃には
全くの無味になってしまった
月もいつの間にか雲に隠れ、辺りは元の暗闇に戻った