カノン
障子は開け放されていて、さんさんと差す日の光を浴びる向日葵畑が一面に広がっている。畳敷きの中で扇風機が首を振っている。
少女は扇風機が首を振るのに合わせて逐一前を陣取り、あー、と声を震わせている。それを見かねた少女の祖母は扇風機の首振りスイッチを引き上げて、首を固定する。祖母は首振りの止め方を何度も教えたのだが、少女は覚えることを知らないわけではなく、ただ、ああして扇風機の首振りに合わせて、あー、と声を震わせることで遠まわしに祖母に用件あることを表現しているのだ。祖母は少女が口を開くのをじっと待つ。
「おばあちゃん、お外行こ」
祖母は一つ頷き、少女と共に開け放した障子から渡り廊下へ、それから外へ出る。二人は手をつなぎ、向日葵畑に沿って歩いていく。 そのとき、少女は歌い始めた。
「その歌、どこで覚えてきたの」
柔和な笑みを浮かべて祖母は少女にそう尋ねる。
「最近、よくお姉ちゃんが歌ってるの聞いて覚えたの」
毎年、夏休みになると姉妹そろって祖母の家に身を寄せるのだが、今年、少女の姉は来なかった。
「お姉ちゃんね、もうすぐ学校卒業だから、向こうでお友だちと一緒にいたいんだって」
祖母は娘からそう聞かされていたから、そのことを当然知ってたが、黙ってうんうんと相づちを打つ。
「でもね、きっともうお姉ちゃんはあの家に来なくなっちゃう。私がおばあちゃんの家に行こうって言ったら、へえよくあんなところ行けるね、って言われちゃった。お姉ちゃん、怖いんだよ」
祖母は少女の声に応える術が分からなかった。だから、そうかい、とだけ言った。
「おばあちゃん、帰ろ」
二人は手をつないだまま、帰路についた。