中年
電車に乗ったとき、すぐに嫌な予感がした。
色褪せた作業服に身を包み、疲労困憊といった体でビールを傾けている中年男性が座席に寄りかかって座っていたからだ。
自分はビールを持った中年男性から距離を取り、遠目から観察していた。そして案の定、中年男性はビールの缶を落としてしまい、ビールがこぼれてしまう。
不運なことに中年男性の目の前にいたのは、ブランドもので身を固め若作りにいそしんでいるに違いない中年女性だった。
当然のごとくビールをかけられた中年女性が怒りを露にする。
中年女性が「どうしてくれるんですか」とか「あなたもいい大人でしょうに」とか言っても暖簾に腕押し、ぬかに釘、中年男性は「はあ」とか「へえ」とか言ってやり過ごしていた。
ビールはドンドンと電車内の床を伝っていき、女子高生の靴をぬらし、さらに若いサラリーマンが床に置いていた鞄をびしょびしょにした。
驚愕し、素っ頓狂な声を上げたサラリーマンをすぐさま味方につけた中年女性は、二人がかりで中年男性をなじりはじめる。それは、一見中年女性とサラリーマンの会話であるようで、遠まわしに中年男性をチクチクとやるような、イヤミな感じを全く隠す気のない攻撃であった。そこには、ビールをかけられた被害意識だけでなく、格差から生じる嘲りも含まれていると自分には感じられた。
自分が予想するに、明らかに中年女性は裕福であろうし、サラリーマンもそこそこお金に不自由していなさそうであったのだが、中年男性は経済状況が厳しいのではないだろうか。その格差が、二人の攻撃をより過激にしている。そんな気がした。
自分はそれを聞いているのが嫌になって、本来降りるはずの一つ前の駅で降り、徒歩で帰宅することにした。