南大通り
城門の近くなどというものは、どの門であっても宿が多い。
市街の中心にもないことはないのだが、馬車などを停めておく余裕なども考えると、少し離れたところのほうがむしろ立地は良いのである。
また、地価のこともあって、城門近くならば部屋を広くしやすいという理由もあるだろう。
中央広場に近づくにつれて、店々は建物を半分、四分の一と狭くなっていくのであった。
ただし、いくら土地が安いとはいえ、それもあくまで比較的という話である。
どれだけ中央広場から離れようとも市内に四本しかない大通り沿いは一等地であることに変わりはない。
そのような場所に構える宿ならば、それこそ大商人御用達といったような高級な外観のものも目立つ。
そして宿代も、大体の場合はその外観に比例しているものなのである。
そろそろ南門のホテル街へ差し掛かったかというところへ来て、カイはまたもや不安を感じていた。
ミトーさんの話では安宿かどうかまではわからなかった。
もしや、とんでもなく高そうなホテルだったらどうしよう。
頼み込んで安く泊めてくれ、という話をするのではない。
はなから無一文で飛び込んでゆくのである。
いくら知り合いの紹介だからといっても、格の高いホテルでは一文無しの少年など門前払いを食らっても文句は言えない。
反対に格の低そうな宿ならば物置の一画くらいは許してくれるかもしれない。
カイは通りの両側に軒を連ねる宿々を、ここにはあってくれるなという思いで見回していった。
「新月の灯」館、「雄牛の雄叫び」館、「夜明け」亭・・・。
どれも壁は眩しいほど白く、黒い窓枠との色調が落ち着いた優雅さを感じさせる。
玄関の階段は大理石だろうか。
一見しただけで高級とわかる出で立ちだ。
宿を探している間にも大通りには馬車が行き交っているのだが、たまに手触りの良さそうな赤い布で飾り立てた馬車が、ホテルの前で止まる。
そこから降りてくるのは皆、全身を、これも手触りの良いこと間違いなさそうな生地で包んだ人々ばかりであった。
この人と自分が同じフロントに並んだら面白いだろう、など考えてはつい吹き出しそうになることもあったが、毎回その度に腹の虫が現実に引き戻すのを忘れない。
幸か不幸か、どうやら大通り沿いには「南風」亭はないようだ。カイはひとまず胸を撫で下ろした。
通り沿いにないとなると路地へ入ったところなのだろうが、路地の方にはどうにも高級感とは縁遠そうな佇まいばかりだったからだ。
ここらあたりの宿ならば、頼み込むのにも少しは気が楽というものだ。
亭主が気の好い人ならば、もしかすると少しの間くらいは客室を使わせてくれるかもしれない。
大人でなくとも実入りの悪くない仕事を紹介してくれるかも。
そうしたら少し多めに稼いでおいて、東へ発つ前に置いてもらった日数分は払っていこう。
先ほどの不安はどこへやら、もはやカイの頭には、明るい先行きのみが思い描かれて仕方がなかった。
そうとなれば後はじっくりと探せばよい。
通りの東側の路地なのか、それとも西側なのかも判然としなかったが、周囲の把握も兼ね、カイは敢えて人には聞かずに自分の足で探し当てることにした。
マプロからマグナテラ帝国領を目指すには、国境に近いノイベルクまでの長距離乗合馬車を使うことになるだろう。
そうなったら今までのように身軽な旅というわけにもいかなくなってくる。
色々と準備をしなければならない。
そのための店がこの近くにあれば便利だと思って、主にそういう店を中心に、ついでに探し回ろうというつもりだったのである。
まずは東側の路地をいくつか歩いてみたのだが、旅行用の店ならばいくつか良さそうな品揃えのものがあった。
一つは保存のきく食糧の安い店で、あるいは毛布やクッションが手頃な値段の店もある。
買い物はおそらくこの辺りですることになりそうだ。
とはいっても、買い物には資金が不可欠である。
どれほど良い店に巡り合ったところで、今のところは楽しい空想を伴った冷やかしに過ぎないことは、自分でもよくわかっていた。
結局本腰を入れて宿探しをしたのだが、東の路地には目的の宿はなさそうだった。
そうなると、もはや西側の路地しか残されていない。
ここになければ再び路頭に迷うことになる。そう思うと、またまたカイは少し心細さを感じもするのだった。
陽も真上からは多少西へと傾きつつあった。