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嵐は広場へと


「ドゴノフ、なぜ貴様の手下どもは戦わない。彼らが手を貸せば剣士の数でもすぐに上回るというのに」

 松明に照らされる広場でも、今まさに争いが繰り広げられる市庁舎正門から中央部を外れると幾分か暗がりとなる。

 そのため少しでも遠くからは表情を窺うことは難しかったし、会話にいたってはすぐ傍にいなければとても聞き取れない。

 松明は広場の一部しか照らさなかったが、争いの喧騒はその全てにいきわたっていた。

 暗がりで怒鳴っているらしいダライランと、それをにやついた表情でいなすドゴノフの他には、彼の手下が六、七名ほどであった。

「そういきり立つものじゃないさ、ダライラン」

「何を悠長なことを。そうしているうちに我々が逃げ出す羽目にでもなればジェーリオ殿のお怒りも想像に難くないぞ」

 顔から火を噴くかと思えるほどの男とは正反対に、もう一方の男はまったく涼しげな素振りを崩さない。

 まるで今夜のことがすべて自らの掌中にあり、それを覗き見ていることにすら飽いているかのようでもあった。

「手を打ってあるのさ。こういったことにかけては、あんたより俺の方が要領がいいんだ」

「手、だと。聞いていないぞ、そういったことは」

「言ったところで結果は変わらないさね。それよりはあのクズどもが場を引っ掻き回してくれておいた方がよほどやりやすいのさ」

 そう言ってドゴノフが顎で指し示した方向では、先ほどからダライランの手下とクリッジ側の面々が乱闘を繰り広げていた。

 戦況はクリッジ側がよほど優勢に見えた。



 クリッジ側には剣士がマウナルドとティアとトーニの他に三名しかいなかったが、この六名がダライラン側には大きな脅威となっていた。

 何せ急にコンクデリオ近辺でかき集めたごろつき集団に、剣士など望むべくもなかったのである。

 カレージオ兄妹は市庁舎正門の前を固める決心だったかそれほど争いには参加していないが、トーニと他二名の剣士は大いに腕を振るっていた。

 それに加えて中州の工夫たちは、その誰もがマプロでは荒くれで知られた腕自慢たちである。

 気迫で相手を圧倒したことに気づくや、相手の剣にも怯まず持参した角材やスコップを振り上げて打ちかかっていた。

 数で優っていたのが完全に形勢逆転してしまったことに気づいたダライランが焦ったのも無理からぬことであった。


 そのうちトーニやヴィーノらクリッジ側の剣士は自分たちの出る幕ではなくなったことを察して一歩引くようになり、その代わりに工夫たちは益々乱闘にのめり込んでいるようだった。

 相手の剣を奪って威嚇するように振り回す者がいれば、反対に手ぶらになって蹴る殴るを専らとし出す者もいた。

 相手をするごろつき共も地元では腕っ節をひけらかした者たちだっただろうが、この一年を開拓工事で鍛えた工夫たちには体力で敵わないようだった。

 そして肝の据わり方では、もはや比べるべくもないほどの開きが、愛する指導者の仇を目の前にする工夫たちにもたらされていたのであった。


 ごろつきの中にも一味違う男たちはいたが、そういった相手にはマディやロッカ、ビノンたちが立ちはだかった。

 とりわけマディの強さは敵味方問わずに唖然とするほどで、ごろつきたちのまとめ役の一人であるらしい大男に相対し、その右腕を一振りしたかと思うや相手は真後ろへ吹き飛んでいった。

 そして大きな音とともに石畳へ崩れ落ちると、もはや今夜中には起き上がってくる気配がなさそうであった。


 こうしてじわじわと当初の形勢が逆転してゆく広場に異変が生じたのは、市庁舎から出てきた人物によってであった。

 その異変は、当初クリッジ側には歓喜で迎えられた。

 しかし、それはせいぜい強風の吹くばかりだった広場に、嵐をもたらしてしまったかもしれなかったのだった。



 市庁舎から走り出てきた人影に、最初門を固めていた剣士たちは警戒したが、それらが市長と二人の少年だと判るや誰もが安堵の表情を隠しきれなかった。

 特にティアは人影の一つがカイだと見ると待ちきれず、駆け寄って出迎えたのだった。

 トーニもティアに連れられて門まで辿り着いたカイを手荒く抱きしめて、互いの無事を喜んでいた。

 アムテッロはニールを優しげな表情で迎え、それを見たトゥホールは我が身を差し置いて感無量の思いに浸っているかのようだった。


 この剣士たちの挙げた喝采は他の工夫たちにも伝わり、一瞬にして広場にはクリッジ側の勝ち誇った雰囲気が広まったようだった。

 実際に七十名からいたごろつき共は立っている者だけで四十名ほどに減っており、対して工夫たちは全員がまだ元気一杯だった。

 ごろつき共はもはや完全に戦う気力が失せてしまっているようであった。


 その時である。

 今まで広場の外れで事態を静観していたドゴノフが、急に市庁舎の門へ向けて歩き出したのだ。

 途中に倒れている男たちには眼もくれず、その表情は先ほどまでの余裕たっぷりであったものとは打って変わっていた。

 そのまま何もかも無視して進み続け、近寄られた工夫たちもその凄みに思わず彼の前に道を開けたのだった。

 その足が止まったのは門のすぐ傍、トゥホールやニールの前に剣士たちが立ちはだかったからであった。

 映るものすべてを凍てつかせるかのような冷たい眼差しで門の前に集った者たちを一瞥したが、口を開く頃には表情だけならば、彼を知る者ならよく見る、他人を嘲るかのような微笑みを浮かべていたのだった。

「これはトゥホール市長、夜分にお騒がせしております」

 話しかけられたトゥホールは、唾を飲み込むことさえ難儀しているかのようだった。

「あなたをお迎えにあがろうと部下を三人ほど向かわせたのですが、お目通り叶いませんでしたかな」

「暗闇から襲ってきた男どもは君の部下だったのかね」

「それは何ともご無礼を働いたようで恐縮ですな。ぜひ叱ってやりたいのですが、今どこで遊んでいるかご存知ありませんか」

「彼らならそこの剣士に敗れたよ。君には残念なことだがね」

 そう言われて水を向けられたカイだったが、何かを考えるより先にこれまで感じたことのない、悪寒のようなものが背筋を走った気がした。

 それは右頬に大きな傷跡がある男の視線によるものらしかった。

「小僧、剣士かね。私の部下を殺したかね」

 その問いかけにどう応えたものか、カイにはその一晩かかっても答えが出そうになかった。

 何を言っても、問いかけた主に対して優位に立てる気がしない。

 それほどその男の発する威圧感は、常軌を逸したものがあるように思えた。

「どうした、小さな剣士。だんまりかね」

 先ほどまで明るい雰囲気に満ちていた男たちに、今はその頃の面影は微塵も感じられない。

 ドゴノフ一人によって、クリッジ側の者たち皆に冷水が浴びせられたかのようだった。

 格好だけならば一人を六人の剣士で取り囲んでいるのである。

 しかしその場の誰もがそのようには感じていなかったに違いない。

 気がつけば同じく広場の外れに佇んでいた七人の剣士たちもすぐ近くまで寄ってきていた。

 今度窮地に陥ったのは、自分たちかも知れない。

 カイは未だ自分から視線を外さない男の鋭い眼光に、体の奥から凍りつかされているかのような気分であった。

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