暗闇の血闘
1
勢いも失い、ただ自らの腕のみで戦うことを覚悟すると、やはり相手は大人なので大きく見える。
加えて部屋の明かりが遠いのですべてがぼんやりと向こうの暗闇と混ざり合い、間合いが完全に把握できているかも怪しい。
このまま後ろへ下がり続けて明かりの届く場所まで誘い込もうかとも考えるが、その最中に詰め寄られては心の準備が追いつかないだろうとも思われた。
漂う緊張感が、辛うじて相手に大胆さを失わせていたのだった。
仲間を二人も切った少年をかなり警戒しているらしい。
切りつけられた時から一転して攻め込まれていたら危なかっただろう。
カイは自分の呼吸が思いの外乱れていたことに気付くと、そう思うのだった。
二人の剣士は暗がりの中で剣を構えたまま、しばらく固まっているかのようだった。
背中の後ろではニールがどんな顔をしているだろうか。
自分が倒れれば恐らく二人とも逃げられはしまい。
きっと市長は人質か何かになるのだろうが、関係のなさそうな少年はどうなるだろう。
市長の命乞いも効き目はなさそうな夜だ。
そこまでで考えるのをやめる。
気弱な心が、相手よりも先に自分を殺すと思えたからだった。
それよりも、この硬直した時間が終わった後のことを考えねばならなかった。
互いに動けば、その次の瞬間には勝敗が決しているだろう。
その一瞬に違いをもたらす何かを考えねばならない。
このまま切り合ったのでは、力で劣る自分が負ける可能性の方が高いと、カイは半ば他人事のように冷静な分析をしたのだった。
ほんの一瞬だけ、相手より先に切りつけられればよい。
そこでカイは自分の後ろから差す明かりに改めて気付かされる思いになった。
つまり相手は逆光の条件で自分を見ているのだ。
こう暗くては、身体の輪郭ははっきり見えているだろうが、そのものは黒く影そのもののようではないか。
そう思い付くや、カイは剣も身体も一切動いていないように見せるよう気を付けながら、剣の柄からゆっくりと右手を放し、そのままマントの中へと潜り込ませた。
そして懐をまさぐって見つかった袋の紐をほどいて中身を掴む。
指先に体温と同じ温もりとなった金属の感触がした。
目の前の相手にはこれといって動きはないままで、こちらの動作は気付かれなかったらしい。
違いを生み出すことができそうだった。
後は、この静寂がいつ終わるのか、そのすぐ後に訪れる瞬間に備えて、集中力を絶やさないようにするだけだった。
2
もう夜が明けてしまうのではないか。
実際には互いに向き合ってから五分も経たないうちなのだが、極度の緊張がそう思わせていた。
間合いが計りきれていないので相手に先に動かせたかった。
そのきっかけはいつ訪れるのか。
その時だった。
外で一際大きな声が上がったのである。
どちらが上げたものかは分からなかったし、今に限っては、どちらでもよかった。
相手の頭が僅かばかり沈み込んだのを、確かに見た。
それに合わせるように、カイは握りこんだ右手を思い切り懐から引き抜き、相手の顔が来るだろう高さで拳を解き放って、自身は素早くしゃがみ込んだ。
暗闇にセステル銅貨とデナリア銀貨が舞い、そのうちのいくつかは待ち合わせるようにやってきた顔へと当たる。
何が起こったかを理解できない男の動きが止まり、しばらく動かなかったが、やっと動いたのは床に倒れこむためだった。
彼の腹は、剣で貫かれていた。
あまりに低い位置から剣を突き上げた少年を、とうとう男が見つけることはなかった。
剣を引き抜いて男が動かないのを確かめたカイは、自分が初めて人を殺めたのだと、しばらく呆然としていた。
彼の剣はいざ知らず、彼は今まで人を切り殺したことがなかった。
その必要に迫られる場面に遭遇しなかっただけではあったので、これから剣士として身を立てる上では当然のことだと自覚はしていた。
だが、実際にそうなってみると、どこか現実離れしているようで、立っている自分が自分でないように感じられた。
相手への同情はなかった。
自分が同じ立場に置き換わるかもしれなかったし、それを受け入れるつもりは毛頭ない。
ただ、今までの自分には二度と戻れないだろうという喪失感のようなものを、その身に浴びていたのだった。
そのため、後ろから誰かが近づいていたことには少しも気が付かなかった。
体を離れていた魂が戻ったようにカイが我に返ったのは、ニールが彼の肩へ手を置いたからなのだった。
敵へ向くように全身で振り返ったカイに、ニールも驚いたようだった。
その隣には、ランタンを持ったトゥホールも並んでいた。
「無事だったんだね、よかった」
久しぶりに見る気持ちのする友の顔に、死力を尽くしていた剣士はやっと両腕をだらりと下ろした。
下に向いた切っ先から、細々とした筋が床へと流れていった。
「カイ、怪我はない。君のおかげで助かったよ」
心から自分を心配しているらしいニールの言葉と安堵の表情に、カイは空になって浮かんでいた心が満たされていくのを感じていた。
自分は務めを果たしたのだ。
そして、これからもそうしなければならない。
まだ夜は、明ける気配がなかった。
三人はカイを先頭に、玄関へと急ぐことにしたのだった。




