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火花散る夜


 最初の襲撃はずいぶんと安易で強引なものに思えた。

 三十人程度のこちらに全員で向かう必要もないと判断したか、同じく三十人ほどが剣や大振りのナイフを片手にし、口々に何か叫びながら一直線に押し寄せてくる。

 その前へ立ちはだかったのはトーニだった。

 一番先頭の男の剣を、握る手の下から拳で撥ね上げ、相手がひるんで仰け反ったところへすぐさま顎を殴りつけた。

 その男がもんどりうって倒れるのを待たずに自分の剣を抜き、続いてきた男が目の前で何が起こったかを理解するより早く、その利き腕に切りつけた。

 肩のやや下を切られた男は剣を取り落としてうずくまり、そこでようやく他の者たちも、事態が自分たちの思い通りにいかないことを察し始めたようだった。

 剣に付いた血を一振りして払ったまま事も無げにすらりと立つトーニを遠巻きにしようと後ずさる男たちとを、それをさらに押し込むよう彼の後ろにロッカやメルジらの工夫が並びだした。

 ダライランの雇ったゴロツキたちの最初の襲撃はトーニ一人によって見事失敗に終わり、広場には再び拮抗して膠着する雰囲気が漂った。


 その様子を門の近くで見ていたニールだったが、おもむろにやや前の方にいたマウナルドへ駆け寄っていった。

 カイはニールの護衛を自身に課していたため、守る対象が急に駆け出したことに驚きながらもすぐ後ろに付いたまま動けたことにほっとした。


「トゥホール市長はどちらにいらっしゃいますでしょう」


 後ろから話しかけられたマウナルドは驚いたようで、いつもより目を大きく見開いて振り返った。

 しかし、それは不意を突かれたからでなく、この状況に身を置いて全く興奮の色を見せない瞳の持ち主が、か細い少年であったことに対してなのだった。


「市長なら二階の市長室にいる。俺がここに釘付けにされるまではそこにいた」

「ありがとうございます。お会いしてきます」

「そうか」


 そして二人はもう互いを気にする素振りもなく、顔を別々へと向けた。

 ニールは門をくぐって市庁舎へ向かうつもりらしく、広場に背中を向けてしまった。

 カイは他の皆のことで後ろ髪を引かれる気もしたが、それでもニールに付き添うという決意を思い起こし、同じ方へ向き直った。

 その時、ふとマウナルドの横に立つティアと眼が合った。

 少年と少女は互いに何か言いたげな視線をそれぞれ感じ取ったが、二人にできるのは微笑みを交し合うことだけだった。

 この夜が明けたら、何か話すこともできるだろう。

 そして、それは最初おずおずとしたものだが、そのうち止まらなくなるだろう。

 きっとそうなるはずだ。

 カイはそう考えながら、すでに門をくぐりつつあった主人を追って走り出した。

 その背中で、今日二度目の雄叫びを聞いた。

 最初に聞いたものと違い、今度のものは知っている声もずいぶんとあるようだった。



 ニールには市庁舎のほんの手前で追いついた。

 迷わず玄関の扉を開けて中へ入る主人の行動の一々に、護衛の剣士は遅れをとらないよう必死だった。

 それは彼が未だこの状況を把握し切れていないためだったかもしれない。

 この冬の間中気にしていた少女と思いがけない再開を果たして以来、彼の知る世界は一気に変わってしまった思いなのだ。

 だから、自分の成すべきことはわかっていながら、どこか信じきれない感覚を否定できないのだった。

 そんなカイの胸中とは裏腹に、今夜のニールは俊敏そのものだった。

 扉をくぐった後は一階を南北に貫く廊下をただ駆け続け、二階へ続く階段は一段飛ばしに上がっていった。

 その全身から強い信念が感じ取れるかのようだった。

 後ろを守ってともに走るカイには「この日を待っていた」という言葉が思い出され、今はただ自分の主人を信じ、彼を守り抜けばそれでよいと、心のもやが晴れていく心地よさを一歩ごとに感じていた。


 市長室までは階段があったものの、曲がり角はなかったため迷わずたどり着くことができた。

 暗い庁舎内と違ってドアの下の隙間から明かりが漏れていたので、トゥホールはまだ中にいるらしかった。

 それを見たニールはようやく立ち止まり、少しだけ息を整えると優雅な所作でドアをノックした。

 乾いた音が暗闇に三度響いた。

 誰もいない庁舎は外の騒ぎをここまで伝えていたが、それでも三度の響きは、他の音を遮ってよく聞こえた気がした。

 中からの返事はなかったが、それは本当になかったか、それとも単に聞こえなかっただけかは分からなかった。

 そのどちらにせよニールにとってはどうでもよいことだったらしく、そのままドアの取っ手に手をかけて開けてしまった。

 果たして中には最後に会った時より一回り小さくなったかに見えるトゥホールが、祈りを捧げるかのように机に肘をついて手を組んだまま座っていたのだった。

 市長は来客には気づいたらしかった。

 髪に混じっていた白いものが、だいぶ割合を増やしたように見受けられた。


「ああ、ニール。君か」


 そう呼びかけられた少年は、応えることなく机へ歩み寄っていった。

 護衛の剣士はドアの近くにいて閉じずに外を窺い続けるつもりであるようだった。


「私はもうお終いだね。外の様子を見ただろう。所詮私には手に余る夢だった」

「お気の毒なことです。トゥホール市長」

「ありがとう。今日ですべてが終わるというのに、、せめてロンドバルドの子息に看取ってもらえるのが幸運と言わなければいけないね。まったく、これが私の悪運ということかな」


 二人は本当に会話をしているのか、カイには判断が付きかねた。

 二人とも互いを目の前にしているはずなのに、あまりに見えているだろうものが違うように感じられたからだった。


「市長、私が今ここにいるのはあなたを慰めるためではありません。ある提案をしに来たのです」


 あまりに友人の息子の声色がいつもと変わらないのに、トゥホールもその言葉を聞いてみる気になったらしい。

 それまでは焦点の定まらない視線だったのが、はっきりと相手を見るようになった。


「次の瞬間には破滅しているかもしれない男に提案かね。私はそれに値するだろうか」

「ええ、あなたにしかできない提案なのです。コアディにこの街から手を引かせられます」

「それは不可能だよ、ニール。聡明な君らしくもない。今となってはクリッジは他でもない、コアディ家の資金で造られた街となったのだからね。コゾンの言うとおり、キオッゾ殿が正当な所有者とするしかない状態だ。それでも素直に明け渡せなかったのは私の最後に残った意地でしかない。多くの人々を巻き込んでしまったよ」

「しかし住民は誰もあなたに、コアディに従うよう詰め寄らないではないですか。彼らは市長の判断を支持しています。そう自分をお責めにならないでください。そして、この街を造ったのはあなたです。この街のことを決める権利を有するのも、あなたなのです」

「今更私に何ができるのだろう」

「ここに署名を」


 そう言うや、ニールは懐から細い木製の筒を取り出すと、蓋を外して丸まった紙を取り出し、それを机の上に伸ばしながら置いた。

 カイの立つ場所からは何が書かれているかは分からないが、それを一読したトゥホールの顔に一瞬だけ生気が戻ったように見え、そしてすぐに顔色が別のものに変わった。

 それは、この男にしてはひどく興奮したようなものだった。


「ニール、君は何ということを考えるのだろうね。ありえない話だ、こんなことは。何より、キオッゾ殿が首を縦には振らないだろう」

「振るよう仕向けてあります。今夜のことも有利に働くでしょう」

「何ということだ。これは君がすべて考えたことなのか」


 その問いにはニールは答えず、代わりに微笑んでみせただけだった。

 笑みから全てを察したらしいトゥホールは興奮も冷めたのか、しばらくぐったりと背もたれに体を預けて天井を仰ぎ、それから起き上がると紙に何かを書いた。

 ニールの満足げな表情を見るに、それは先の話で聞こえた、トゥホール市長の署名に違いなかった。

 その紙が再び筒へしまい込まれるのを見るのと、廊下の先で床のきしむ音が聞こえたのは、ほとんど同じ頃だった。

 暗がりの中で動く影は三つに見えた。



 三つの影は、最初は身を低くして慎重に動いていたが、ドアの近くの剣士が気づいて警戒したと分かるや、開き直ったか剣を片手に小走りで向かってくる。

 明るい部屋の中も見ていたカイには暗闇から近づかれると距離感を掴みにくく、人数のことを除いても不利であることは事実だった。

 いよいよ影の一つが顔も照らされるほど近くに寄って切りかかろうとした瞬間、カイは勢い良くドアを閉めた。

 漏れ出たような低い声とともに剣がドアに突き刺さり、部屋の中に切っ先が見えていた。

 そこでニールとトゥホールも侵入者に気づいたらしい。

 ニールに机の向こうへ回るよう身振りで示した後、カイは再びドアを開けた。

 室内へ引き開ける仕組みの扉なので、突き刺さった剣とともに男が部屋へ体勢を崩しながら入る。

 前のめりになったその右肩へ剣を振り下ろすと、骨が砕けたような感触が手に伝わった。

 男は叫び声もあげられずに床へ倒れこみ、シャツが吸いきれなくなった血がカーペットに染み出していた。

 あまりの痛みに気絶したようだった。


 転がった剣を遠くへ蹴り飛ばしながら部屋の外を窺うと、相手の方では不意打ちの企みが失敗したことにかなり動揺したと見え、近寄ってくる様子がない。

 この機を逃す手はないと、倒れた男を跨いで飛び越し、カイは部屋の外へ躍り出た。

 市長室は廊下の突き当たりになっており、この廊下も幅はそれほど広くない。

 そのため相手は二人いても切り結ぶのは一人になるだろうとも思ったのだ。

 こちらから近づくと相手も覚悟を決めたのか、近い方の一人が剣を構えた。

 躍り出た勢いのまま近寄られるのを迎え撃とうとしての一振りは見切っていた。

 これを寸前でかわし、もう一歩踏み込んで薙ぐように切りつけた。

 相手の両腕と胸を切ったが浅かったらしく、剣を握り続けたままである。

 そこでやむなく切っ先を上へ返して袈裟懸けに振り下ろす。

 カイの剣は左肩から腹にかけてを切り裂き、その男も膝から崩れ落ちていった。

 倒れた後は両肩を大きく動かして苦しそうに息をしていたが、命が長いかまで気にしてやることはできなかった。


 その様子に僅かばかり気を取られていると、視界の右隅に光るものが見えた気がし、次の瞬間には衝撃が両手と右肩を襲った。

 三人目の敵が切りかかってきていたのだった。

 元々仲間が隙を作るのを狙っていたらしい。

 カイがそれを反射的に剣で防ぐと互いに後ろへ飛び退り、対峙することとなった。

 この男は三人の中で一番使えるようだった。

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