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嵐の前に


 中州の一行が到着してからも三十分ほど経っただろうか。

 まったく行動を起こす気配さえなく見詰め合う三人だったが、とうとうきっかけが生まれた。

 後ろで控える手下と思われる男たちの一人が松明を切らしたので、新しいものを用意しようと足音を立てたのである。

 これを皮切りに、ついにダライランが口を開いた。


「夜も深まってきた。再三申し伝えたことをこれで最後にしたい。街を明け渡せ、カレージオ」

「貴様の要求はすでに市長に伝えてある。決めるのは市長だ」

「ではトゥホール市長に答えさせることだ」

「市長は出て来ない。それが答えということだ」

「それならば無理にでも彼に我々の望むよう言わせることになるぞ」

「やむを得ないことだ」


 このときカイらは人だかりを押しのけて対峙し合う男たちの間に割り込もうかと体中に力を込めた。

 しかし、最後通告を伝えたはずの男には、未だ言葉を行動に移す気配が見られなかったので、すんでのところで思いとどまったのである。

 そしてダライランはやや困惑した表情を見せたのだった。


「何故市長に義理立てる、カレージオ。貴様らにそれほどの友誼があったのか。もしくは貴様には私も知らないような大金が支払われていたのか」


 その言葉に、今までふてぶてしい仏頂面を崩さなかったマウナルドの顔が、やや緩んだ。

 それは他人への好意やおかしみでなく、どこか寂しげに自嘲するような笑みだと、カイには思えたのだった。

 今夜のマウナルドは、自分の心を捕らえて離さない少女の兄は、不思議と饒舌だった。

 それは少女も同じ気持ちだったらしく、もうシャツの端を掴むことをやめ、いつの間にか彼の隣に立って、呆然と彼女の兄をともに見つめていた。


「そうじゃないさ。ただ、そうだな、務めを果たすだけだ」


 語りだしたマウナルドは、意外なほど穏やかだった。

 彼らしい淡々とした口ぶりだったが、まるで旧知の友にでも語り掛けるかのように気負わず、言葉の一つとして後悔を感じさせなかった。


「そうしないことに俺がもう耐えられない。自分を恥じることに。お前たちを通すことは簡単だし、色々と考えればそうすべきかもしれない。俺には妹もいることだ。しかし、そうしてしまった後の自分を一生引きずって人生を歩むのは、恐ろしい」


 滔々と語り続けるマウナルドに対して、ダライランは松明で赤々と照らされているはずの横顔が、どこか青ざめている印象を受ける。

 それが何故かは、カイには分からなかった。

 ただ、次に言葉を結んだときの男が顔が笑ったものであったことだけが、鮮烈に記憶に残るだろうと思われた。


「ダライラン、貴様は冥府の門の向こうで先人たちに何を誇るんだ」


 問いかけた男の不敵にも見える笑みとは対照的に、問いかけられた男は口を真一文字に閉ざしていた。

 そして、もう何も言うことはなく剣を抜いた。

 後ろの男たちもそれに倣って次々と剣を鞘から抜き始めた。

 マウナルドのやや後ろで剣士に見える四人の男たちは悲壮な覚悟を固めたのか、勢いよく抜刀した。

 門の後ろ側からも緊張と恐怖で顔が引きつりながらも、五人ばかりが剣を片手に歩み出てきた。

 周りの人だかりがおずおずと後退し始めている。

 誰もがこの広場で、この後起こるだろうことをその時点で正確に予想していた。

 ただし、その瞬間はまだ誰も、ここへ二十三人の男たちと一人の少女が乱入するとは、思いもよらなかっただけであった。



 北側が市庁舎へつづく道と門になっており、それ以外の方角は店々が外周の壁を作りながら間の通りを三方へ送り出す造りの、よく見られる広場であった。

 そこを取り巻く群衆に紛れてカイとニールやトーニらは東側に、マディらは西側へ移動していた。

 本当はロッカらが南にいて三方向を固めるつもりだったのだが、相手方が予想以上に多かったため、事が起こったらすぐに門へ駆けつけて守りに加わる算段へ変更していたのだった。


 まず走り出たのは、やはりトーニだった。

 ただし何も言わずに抜刀した男が走り寄って来たため、加勢しようとした男たちを刺激してしまったらしく、マウナルドの後ろの男たちに剣を向けられてしまっていた。

 しかし同じ方からティアが兄を目掛けて駆け出したため、疑いが晴れたのだった。


「ティア、どうしてここにいる。この男は誰だ」

「助けを呼んできたの。カイも来てくれた」


 そして二人がこちらへ目をやったところで、ようやくカイもニールの手を引いて走り出ていく勇気が全身に漲ったのだった。

 そして四人に遅れまいと次々に中州の面々が門へと駆け寄る様を見て、ダライランと手下たちはややうろたえたようだった。


「そうか、この間の剣士たちか」

「剣士はカイともう一人だけ。後は皆大工さんだって言ってたでしょう」

「大した違いじゃないさ」


 カレージオ兄妹の会話にどこか緊張感をほぐされる思いだったカイに、剣士と思っていたうちの一人が声をかけてきた。


「よう、小僧。俺を覚えているかい」


 短く刈り上げた髪に人の好さそうな目つきの男だった。

 見覚えがなかったので困った表情をしたらしいカイに男は朗らかな笑みを見せた。


「ヴィーノだ。お前さんに腹を蹴飛ばされた間抜けな剣士だよ。思い出しただろう」


 男はマプロから戻る夜道を襲ってきた剣士たちのうちの一人だったのである。

 すぐにその時の状況を思い出したカイは、慌てて謝るのだった。


「あの時はごめんなさい。必死だったから」

「いいのさ。俺だってあんなことをするために剣士になったつもりじゃない。お前さんらには救われたと言わなくちゃいけないくらいだ。今夜だって、本当はいっそ逃げちまおうかと思ったこともあったが、今は心強いよ。俺ももう自分を恥じずに剣士として戦えそうだ」


 そう言ってヴィーノはカイの肩を抱くと仲間の方へ向き、満面の笑顔で彼を紹介したのだった。


「おい、こいつが俺の腹を蹴飛ばした凄腕の剣士だ。まったく、切られもせずに戦えなくされたのはあれが初めてだったんだ」


 すると仲間の男たちはカラカラと笑い、ふと彼らの周りに暖かな雰囲気が生まれたのを感じたのだった。

 もしかするとあの夜の剣士が他にもいるかもしれない。

 ただ、今はわだかまりなく同じ目的を共有できることを、嬉しいとさえ思うだけである。

 その束の間の安らぎはトーニや他の男たちにも伝わったらしく、皆ひとときは何のために顔を合わせたのかすら忘れたような、心地よい空気を肌に感じていた。

 そして、それは本当にひとときで、荒々しく近づく足音と殺気によって終わりを告げられた。

 戦いが始まったのだった。

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