企て
1
「大きな出費になりますな。決して金額だけの話ではない」
「しかし、得るものは計り知れない。筋も通している様に見せられるさ」
冬の夕暮れは夏のそれより長い間薄暗い。
まだ夕食のかまどにも火の入らないうちから、外からの明かりは心許ない。
そのため窓際で語らう二人の姿も、屋敷の人間でもなければすぐには見分けがつかないだろう。
決心のつきかねるボールノ・ダンケッティの心のうちを表情に読み取るのも、間近にいる者でさえ難しくなってきている。
そろそろ灯りを点けようか、などと考えもするが、この男の心情は声の方ではっきりと伝わる。
つまらない中座を差し挟むべき話題とも思えなかったこともあり、パオロは少しだけ力をこめた腰を、もうしばらくは休ませておくこととした。
「それはどうでしょう。コアディには言い訳の立たないほどの横槍に思えるのでは」
やはり頼み甲斐の今ひとつ足りない男だ。
いや、好い男なのだが、自分と同じことをさせ、同じ事を考えることを期待するのが酷なだけなのだ。
パオロは話から熱を奪わないよう気をつけながらも、どうしても彼の後継者候補の一人を評してしまうのだった。
「まるでこの世はコアディだけで動いているとでも言いたげだな」
「そういうつもりではないのですが。叔父上にはどのようなお考えがあるので」
「スカラーをうまく使う。もちろん周りの連中だ。ネルコールを焚き付けようかと思っている。もしかすると、奴もそれを待っているかもしれない」
すると、ソファに向かい合って腰掛ける二つの人影のうち、やや丸みがかった方が大きく動いた。
上半身全部で頷いてみせたためだった。
「なるほど。スカラーも一枚岩ではないですから」
「そういうことだ」
ここまで導けば察することもできるのだ、と常にもう一歩のところで自分を失望させまではしない甥に、パオロは心で苦笑する思いでもあった。
しかし、ここまでの話の青写真をすべて書き起こして送ってきた男もこの世にはいるのだ。
送り主はアムテッロ・チェモーニとなってはいたが、見え透いたことである。
あの華奢とすら思える少年に自分は焚き付けられている。
こちらの利益を匂わせながら、時として破滅への階段を昇らせる罠ともなりえる話に乗ってみることに、彼は形容しがたい可笑しさを感じてもいた。
それは不肖の弟子を見守る気持ちに似ていたかもしれなかった。
2
「ネルコールにコアディを糾弾させる。公然とだ。そして私が助け舟を出す」
「キオッゾは黙っていますか」
「そもそもクリッジが無理筋でもあるのだ。あそこではケンプロもベクルッティも刺激する。それを名目ではスカラーの代官に過ぎないコアディが我が物にすればスカラーへの風当たりが強まるのは当然だ。現にそうなってきていることだしな」
「そしてサーニウスは何も言わないから益々キオッゾの態度が大きくなって」
「うむ。ネルコールのような、自分を古参で御意見番を務めるべきと思うような者たちには邪魔で仕方なくなる、という寸法だ」
「するとキオッゾにも恩が売れますか」
段々本当に熱が入ってきたかに思えた矢先、甥の言葉は冷水のようにパオロを冷静にさせた。
これほど間抜けなことを言うものか、とがっかりしたからであった。
そしてこれは顔に出してしまったかとも思ったが、その表情をボールノが見ることはなかった。
いよいよ外が暗くなってきたので、いそいそとランプを取りに背を向けていたからである。
その背中に声色を変えずパオロは言葉を続けた。
「口では感謝するかもしれないな。しかし決して欺きとおすことはできないだろう」
昼間十分に磨いているランプに息を吹きかけながらボールノが再び席に着いた。
「しかし、スカラーの手前では少なくとも受け入れるしかない、ということですね」
「そうだ。後はどれほどサーニウスの気が滅入るかによるが、あの頑固者が直談判でもすればすぐだろうな」
「遠くの狼より近くの犬、とはよく言ったものですね。それにスカラーとしてはクリッジより近くに自分たちの息のかかった街が手に入るかもしれないわけだ」
そこでようやくランプに灯が点いた。
やはり明るさには一息吐かされる思いで、パオロはソファに深く座り直した。
「実のところ、それが今回は一番の要になるだろう。我々がコアディと比べて彼らに従順であるかどうかだ。そこが疑わしいのではネルコールも骨を折る気になるまい」
「これまでも十分協力的だったではないですか」
「ボールノ、いいか、リコローニ家はどこまでいってもスカラーにとっては外様だ。そしてコアディにとっても、このことが最終的には落としどころとなる」
「つまり我々は間に立つ、ということですね。どちらにとっても魅力的な協力者を装って」
この時交わした視線の意味は、彼の甥はよく理解したようだった。
途端にすべきことを自覚した者の顔つきとなり、背筋も心なしか伸びたようだった。
これがこの男の持ち味だ、とパオロは思う。
目印を付けるのは不得手だが、それが定まっているならば巧妙に粘り強く進んでいくことができる。
だからこそ彼は、洞察することにかけては抜きん出たものを持つだろうニールが手許に欲しくて仕方ないのだった。
「表向きはそういうことになる。コアディが納得せざるを得ないほど、このマプロを騒ぎ立たせられることができればな」
「早速下の方の者たちから手を着けます。悪い噂はすぐに広まりますからね。たとえばコアディがスカラーを蔑ろにしたばかりか、挙句には乗っ取る用意さえしている、とか」
「任せるさ」
3
二人を隔てるテーブルの上に広げられた手紙は、これで話も終わり立ち上がったパオロによって再び丸められた。
他人が読めば丸めるほどの紙に書いて寄越すほどの内容とも思えない手紙ではあったが、その真意を汲み取った二人を三時間も一室に釘付けるものなのだった。
手紙に書かれていたのは時節の挨拶、弔意への謝意、今の中州の様子、そしてクリッジ市の抱える負債がおよそ二億一千万セステルだということであった。
手紙の結びにはアムテッロ・チェモーニのサインが記されていた。
これは間違いなく彼の自著による手紙であった。
ただし、内容は彼の弟から出たものではあったが。
パオロ・リコローニの見立ては的中していたのだった。




