喧噪に包まれて
人ごみの中へと戻ったカイは、この中で目的の方向へ向かって歩くことの難しさに面食らっていた。
途切れることなく行き交う人は前から後ろから、まるで遠慮なく彼を押しのけ、追い抜いてゆく。
誰もが足を止めることが許されぬ状況では、背の低い自分などいてもいなくても同じ存在なのだ。
そう彼は思い、相も変わらず群衆の中で弄ばれていた。
だがそれも彼にとって、疲れはするがやはり楽しいと思わずにはいられないことなのだった。
さっきすれ違ったのはアグバールから来た人だな、今のは多分マグナテラからだ、などと遠い異国を一気に肌身に感じ、少年の心は大いにときめいていた。
誰かとぶつかったりしても大して気になりはしない。
不快を感じる間もなく、次の瞬間にはまたも異国情緒が彼の横を通り過ぎて行くからだ。
目にも鮮やかな赤色などで染められた上着や腰布、頭を白い布で巻いて締めた姿は皆アグバールの商人だ。
彼らのもたらす装飾品や香辛料にも負けず劣らずの、装いの賑やかさが目に楽しい。
ゆったりした長袖のシャツの上に、こちらは一様に地味な茶色や黒のベストや腰帯なのはマグナテラ人。
質実剛健を旨とするお国柄からの色合いなのだろう。
身体の線が出る程ぴったりの下着の上から半袖のシャツと膝までのズボンを着ているのはカーラン人の衣装だ。
養父と暮らしていたころに住んでいたのがカーランとの国境付近だったので、こちらはよく目にした服装なのだ。
厚めのシャツの肩にマントを遊ばせて歩いているのは間違いなくラナホウンからの、しかも旅慣れない旅人である。
北国の祖国を出るときには必要だった旅装束も、このマプロへ達する頃ともなると暑くてたまらなくなるのだろう。
より南へ行くとなれば、本格的にここいらで服を買い揃えなくてはいけない。
そして、それらの他国人の間をせわしなく動き回り、旦那、などと声を掛けているのは我らがイーヴ共和国の商人や店々の客引きである。
見ていると慣れた者などは手で遮ったり冗談を言ったりであしらっている。
だが中途半端に立ち止まってしまい、今さら断るのも悪いと渋々の表情で背中を押されていく者もいる。
側から見ていたカイも、ああはなるまい、と心に誓うのだった。
あれを見る前に声を掛けられていたら、恐らく自分も口車に乗せられていたことだろう。
そんな寄り道を許すほど、彼の財布には余裕があるわけではないのだ。
財布の中身は遺産から養父の借金を返した残りだったが、ほとんどその日暮らしだった養父の遺産など、たかが知れていたのである。
このまま切り詰めたとて、マグナテラ帝国に入るころには、財布はぺったんこになっているに違いない。
もし誰かが寄ってきたら、行くあてがあるんだ、などと言って煙に巻いてやろう。
そう思いながらも少しは自分にも誰か声を掛けてきやしないかと、カイはわくわくしていた。
だが目ざとさでは一頭地を抜くイーヴ商人が子供の剣士などに声を掛けていては、同業者のいい物笑いの種である。
子供と剣士では、大した金など持っていないことを、二重にアピールしているようなものだったからだ。
誰も澄ましたふりをしながらも辺りを窺うことをやめない少年のことなど眼中にないのだった。