葬儀
1
皆がそれぞれの悲しみと共に臥した夜が明け、別れの朝が訪れた。
ロンドバルドの火葬は明け方に小屋の前の広場で行われることとなっていたので、その頃には昨晩と同様に、工夫たちが無言で集まっていた。
空はまだ青白い光に満ちきってはいなかったが、誰もが冴えた顔をしていた。
ほぼ全員が眠るなど考えられもしない夜を過ごしたからだったろう。
これからの工事と自らの行く末、そして何より、心から慕った男に襲いかかった悲劇の残酷を思うと、黙って瞳を閉じたままになどできなかったのである。
広場は厳粛な静寂が支配しているかに見えたが、その実立ち込めていたのは、怒りとも悲しみともつかない想いで満たされた緊張感なのだった。
しばらく押し黙りながらもあちこちで交わされていた工夫たちの視線は、小屋の扉が開く音と同時にそちらへと集められた。
扉をくぐって現れたのは、アムテッロ、マディ、ロッカ、トーニの四人と、彼らの肩の一つずつに担がれた、粗末な造りの棺だった。
その後からパエトリウス、ニール、クラウティーノ、そして兄弟の後ろを守るようにカイが出て、扉は再び閉じられた。
ニールの腕には白い布が畳んでかけられてあったが、これは後で彼の兄に渡すためのものである。
この葬儀の喪主は昨日からチェモーニ家の当主となったアムテッロが務めることとなっていた。
旧エタールア帝国の流れを汲む地域では、祭事の中心となる人物は白い布で全身を覆う慣習があるので、それはこのイーヴ共和国に暮らす人々にも当然の習わしとして受け継がれていた。
だが、ロンドバルドの棺を担ぐに際して、故人の棺を担ぐ中には血縁者が加わる、という習わしも遵守しようとしたところ、アムテッロが加わらざるをえなくなる。
するとアムテッロは全身を最初から布で覆ってしまっては動きづらいため、火葬の直前に身に纏うことにしたのだ。
弟たちでは棺の重さ以前に、他の三人との身長差が大きすぎたからである。
クラウティーノよりは年長のニールでさえ、マディやロッカの胸くらいに頭がきてしまうのだった。
いよいよ愛した指導者との永遠の別れを突き付けられた思いの工夫たちも沈痛な面持ちだったが、小屋から出てきた者たちも、悲壮な気持ちで胸が張り裂けそうであることでは同じだった。
むしろロンドバルドとの付き合いの長さが他の者たちより長い四人である分、悲しみも人一倍であるかもしれなかった。
マディとロッカは流れる涙を止める術もないようだった。
トーニは相変わらずの憔悴しきった顔である。
だが、こちらは今朝まで代わりにパエトリウスが担ぐことになっていたのを、急にどうしてもと言い張って加わったので、カイなどは内心では僅かにせよ、救われた思いでもあったのだった。
この少年から活力が失われてしまうのは、一筋の光が断たれてしまうことのようにも感じられたからだった。
2
この季節は時折、ラナホウン王国との国境付近にあるハクサ山脈を越えてくる強い北風が吹くことがあるのだが、昨日からはそよ風さえない。
そのため、棺と周りの木切れにアムテッロによって点けられた火は、初めは弱々しいながらも徐々に勢いを強めることができた。
そして、皆が見守る中でとうとう燃え盛り、煙が一条、空へと真直ぐに立ち上っていった。
誰も、一言も話さなかった。皆の耳には、たまに木のパチパチと爆ぜる音だけが響いていた。
目には赤々と燃える炎が映るだけである。
それらが自分たちのもとから、ロンドバルドを連れ去ってしまうのだ。
そのことに言い知れぬ不条理を感じる男たちの拳は、次第に固く握りしめられていた。
どうして今、このようなことになったのか。
それは誰の仕業なのか。
どうすれば、故人の仇が取れるのか。
そして、自分たちの心を慰めることができるのか。
やり場のない怒りと悲しみが、その場にいる全員に広がっていった。まだ当分止みそうにない木切れの燃える音は、それを彼らの胸に刻み込む槌と鑿であるかのようだった。
ロンドバルドは死んでからもなお、二千人の工夫たちを彼の事業のために、一つにまとめ上げているのであった。
3
葬儀のその日は、工事は一日休暇と決まった。
これはパエトリウスの判断である。
誰も作業など手に着かないだろうというのが建前だったが、本音を言えば、複雑な感情を抱く者たちを働かせるのは危ないということなのだ。
工事では大半が無言で過ごす時間となる。
一日の最初に簡単な確認を済ませれば、もはや皆が構想まで共有している事業なのだ。
さらにほぼ全員が、若いがベテランの工夫である。
何も言わずとも、支障など起こることの方が稀なのだ。
そうなると、皆が体を動かしながらも考えを持て余すこととなる。
誰とも冗談を言い合うような雰囲気でもないので、自然に自分自身の心と向き合う時間が増えることになるだろう。
そうなれば、今この瞬間は、怒りや街が完成した際への希望で前向きな工夫たちの気持ちも、一人一人を放っておいたらどうなることか。
指導者の死にショックを受けるだけならまだしも、殺気立った気配すら感じさせる者もいないではない。
それがふとしたことで、工夫たちの間で諍いにでもなれば、強力なカリスマを失った直後のこととて、収拾のつかない事態になる可能性もある。
そこで、この一日は酒樽も開放してしまい、大いに飲ませて騒がせよう、という話になったのである。
それまで夕食のときに少しずつ配給していた酒だったが、今日に限っては飲み放題とした。
ちょうどヴィンタリを発つ直前に、冬を迎えるにあたって多めに酒を発注していたのは幸運としか言いようがなかった。
いや、そもそもこのような形で役に立つ、ということ自体が悲運ではあったのだが。
そして皆で騒ぎながら、怒りも不安もすべて共有させて溜め込ませないようにしよう、という狙いなのである。
これはパエトリウスの提案ではあったが、葬儀後の過ごし方について技師に相談を持ちかけたのは、他ならぬニールだった。
明け方に会ってすぐ、似たような場合に帝国軍ではどうしていたか、と尋ねたのである。
昨日の今日で、さすがにまだ悲しみを拭い去れないでいた表情だったパエトリウスも、そう問われての答えだったのだ。
それ以来、今に至るまで、カイが感じたニールの心の奥底と言えば、昨晩の後姿だけであった。
アムテッロでさえ、まだ時として不安気な顔つきになることもあるというのに、小さな身体に強靭な意志を湛えている、とカイは誰に言うでもなく感服する思いだった。
4
ロンドバルドの遺骨は、彼の愛用した壷に納められ、墓は小屋の横と決まった。
いずれ街が完成すれば、もっと立派なものを作って、そこで安眠してもらおう。
それも、今日工夫たちが共有した想いのうちの一つとなった。
そして肝心の宴会の方だったが、最初は酒樽を持ち出しても受け取りに来る者はいなかった。
誰も酒など飲む気にすらなれなかったのだ。
それどころか、酒を目の前にして尚更落ち込んだ表情となる者までいるくらいだった。
これは思ったよりも皆の落ち込みは深いか、とさすがのニールも唇を固く結んでいた。
聡明なことでは誰もが認める少年も、人の心を揺さぶる才能にかけては、まだ父の偉大さを痛感するほどなのである。
その時のことである。
アムテッロが何も言わずに小屋へと入ってしまい、何事か、と呆気に取られる間もなく戻ってきた時に携えていたのは、一本の瓶だった。
間違いなくロンドバルドが日頃自慢していた、愛蔵の葡萄酒の瓶であった。
それは葡萄酒では最高級とされるマルジーバ島産のもので、買えば数百デナリアするところを得意先から利子代わりに貰い受けたのだそうだ。
完成の暁にはこれで乾杯だ、と楽しそうに語っていた持ち主の顔が思い出されて、カイは目頭が熱くなるのを感じた。
それは他の者たちも同じだったようで、ただでさえ気落ちしていることを窺わせる表情が、幾人もはっきりそれとわかるようになっていた。
だが、その瓶を高らかと掲げて叫んだアムテッロの言葉は、皆の顔つきを、とにかく悲しみから驚きの色に染め上げることには成功した。
「父の形見分けだ。飲みたいという者はいないか」
しばらく呆然とした風だった工夫たちの中から不意に、
「俺は飲みたいぞ」
という声が上がった。
ビノンの声だった。
それにつられるように、それなら自分も、という声があちこちで聞こえるようになる。
気が付けばロッカも、まだ赤い眼をこすりながらも、
「実はずっと狙っていたんだ。いい機会じゃないか」
と周りの工夫たちの肩を抱いて笑い合っていた。
しかし、これだけ多くの者が飲みたいのでは、あのひと瓶ではいくらなんでも足りないだろう。
そう思って心配していたカイたちに、アムテッロはこちらの心の声を聴きでもしたかのように微笑みかけた。
そして皆の見守る前で瓶の封を開けると、酒樽の上でひっくり返したのである。
再び呆然とした一同を気にも留めないかのように、瓶から葡萄酒が酒樽へと注がれ、樽の中身も同じ葡萄酒なので混ざり合ってしまった。
そして椀で三回ほどかき混ぜると、一掬いを掲げて、
「さあ、皆への形見の酒だ。今日はこれを飲んで、父の思い出を語り合おうじゃないか」
と言い放ったのだった。
工夫たちは我に返るや、こぞって酒樽の前へと押し寄せた。誰もが口々に、
「もったいないことをしやがって」
「旦那が見たらひっくり返ってしまうぞ」
などと言うが、その顔つきには柔らかなものが戻ってきていた。
こうして広場には先ほどまでの張りつめた静粛ではなく、朗らかな笑い声が満ちるようになったのだった。
5
マディもロッカもパエトリウスも、皆めいめいに工夫たちの中に混じって飲みに飲んでいた。
アムテッロも酒を配る役をカイとクラウティーノに任せてしまい、自身は小屋の中でうな垂れていたトーニを引っ張ってきていた。
無理やり引きずり出されて不満気だったトーニだが、ニールに、
「トーニは、少なくとも五杯は飲み干すこと。守れない場合は解雇」
と突きつけられ、不承ぶしょうながらも若い雇い主の兄と共に、輪の中へと加わっていった。
しばらくすると一々取りに来るのにじれったくなったらしい者たちが酒樽ごと持っていってしまったので、カイたちも仕事が一段落する。
クラウティーノはもう随分前に、すでに酔いが回り始めたらしい男たちに抱き上げられ、父親の昔話を聞かされていた。
そこで、カイはまだ残っていた樽から手に持っていた器に一杯分を掬い上げてみた。
実はまだ酒の味などよくわからないが、ロンドバルドの形見というなら自分も一口くらいは飲んでおこう、と思ったのだ。
だが、どう見ても手許にあるのは飲み切れる量ではない。
そこで、同じく飲んだくれるわけではなくぶらぶらしていたニールのところへ近付いて行って、分け合おうとしたのだった。
ニールも快く迎えてくれたのだが、どちらも酒はまだあまり飲めない。
カイが多少無理に口一杯に含んで、そのまま器をニールへと差し出した。
受け取った少年も、同じように口一杯に含む。
少しずつ喉へと流し込んでいくのだが、段々と、渋味とアルコールで顔つきが変わってくる。
飲み干した頃にはどちらも、なんとも情けない顔になっており、それを見て互いに腹から笑い合ったのだった。
二千人の男たちに酒をたらふく提供するには、中には飲めない者もいたのだが、それでも貯蔵していた樽の半分以上を空にしてしまった。
だが、同じく男たちの腹の底に溜まっていた陰鬱な気分も、ある程度空にすることができたのだった。
一日中飲んで騒いで、気が付けばもう昼も夕方も過ぎて夜になっていた。
昨日と同じで雲一つない空なので、星が満天に輝いていた。
しかし、今夜から彼らを包み込む星空は、彼らが心から愛した男が昇っていった空となったのだった。




