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思惑

 チェモーニ家がマプロへ金策に赴くという情報は、ヴィンタリからコンクデリオを経由して、すぐにクリッジのダライランの下へも伝わっていた。

 コアディ家の筋からなので、無論トゥホール市長は知らないことである。

 自分へ届けられたこの情報の持つ意図を、ダライランはほとんど正確に読み取っていた。

 クリッジ市からすぐの距離にある中州での工事を妨害することは、コアディにとっての利益であると考えられたからだ。


 中州に都市ができれば、コアディ資本のこの街の重要性が薄れてしまう。

 それを自分が妨害すれば、手腕をアピールすると同時に、恩を売ることもできるだろう。

 そうなれば、そのうちトゥホールからクリッジ市の実権を取り上げてコアディ家の勢力下についた時に、厚く遇せられようというものだ。

 ここで発言力が高まるような手柄を上げておけば、近い将来にコアディ家を牛耳ることさえ可能ではないか。

 当主のキオッゾはもはや高齢で、その後継のジェーリオは御しやすい能天気な男に思えたからだ。

 今はあの軽薄な御曹司の機嫌をとるためにしょっちゅうコンクデリオへ赴いては媚びへつらう日々だが、それも父親が生きている間だけのことだ。

 彼が後を継げば、それを自分の思うままに操ることなど容易いと、秋の日差しを窓辺で浴びるダライランは確信していた。


 後は、少し前に東へと送り出したマウナルドらが帰るのを待てばよい。

 コアディに押し付けられたような形で雇っているとはいえ、凄腕の剣士ではある。

 間違いなく役目を果たして戻ってくることだろう。

 本当ならばこのような仕事はドゴノフに任せるところなのだが、これも少し前からなのだが、連絡が取れなくなっている。

 恐らく別に割の良い仕事を見つけたのだろう。

 元々どこか信頼の置けないところのある男なのだ。

 彼と再び連絡が付くようになるまで待つ必要もないと思い、剣士たちだけで向かわせたのだった。

 今日になってもまだドゴノフが戻ってこないことからも、その判断は正解だったようである。


 正午くらいにもう一度、あの、最近では憔悴しきった様子の市長を励ましにでも行こうか。

 もうまもなく席を譲ってもらうにしても、その瞬間までは、彼は市長にとってはかけがえのない右腕を演じる必要があるのだ。

 彼が自分を名指して次の市長にすることも、ダライランの計画には欠かせないのである。

 そして、その計画は、今のところは概ね順調そのものなのだった。



「ダライランはまだ気付いていないだろうな」

 外は昼間というのに、窓をほとんど閉めているので酒場の中は薄暗い。

 それでも客は多く、二十ほどあるテーブルには空きが数えるほどしかない。

 ここはコンクデリオでも情報屋らが多く集うことで有名な店なのである。

 ために入口も外からは目立たないような造りになっているので、夜になったとしても客層はほとんど変わらない。

 大体の客たちが大きな声ではできない話をしているので、他のテーブルへ聞き耳を立てないのが、この店のルールである。

 密談にはもってこいの酒場だった。


「気付いたところで、奴は何もできやしないでしょうに」


 その店のテーブルの一つに座る二人の男は、一人は地味な色のマントのフードを目深に被っている。

 秋も深まってきたとはいえ、今は真昼なので店内も寒くはない。

 顔を見られたくないのであろう。

 もう一人は何も被らず、椅子にだらしなく腰掛けている。

 右頬に大きな傷跡のある男だった。


「気付かれずに事を進めるのが面白いじゃないか。あの賢しら顔がどうなるか見物だ」

「お人の悪いことで」


 フードの男の言葉に傷のある男は、口では呆れ気味に、だが表情ならその反対のものを浮かべていた。

 そしてテーブルの上の小さな樽から葡萄酒を、互いのコップに継ぎ足すのだった。

 フードの男は、それにさしたる興味もない様子だった。

 この酒場で供される程度のものは、彼の口に合わないのである。

 傷のある男はといえば、相手がほとんど口をつけないのをいいことに、その後は自分のコップにばかり継いでは飲み干していた。

 つまみのチーズも同じことだった。


「親父殿が言うには、クリッジは俺のものになるはずの街だ。あの周囲一帯は俺のもの。それならすぐ近くの中州だって同じだろうさ。さすがあの親父が目を付けるだけあって、あの中州の立地は最高だ。あそこは俺のものになる。クリッジなんて話にもならない」


 傷跡の男は、その言葉にはさして感銘を受けた様子もなく、先ほどからのように、にやにやとした笑みを浮かべるだけである。

 フードの男も、それに気分を害した様子は見られない。

 どちらも、会話に礼儀を欠かせない要素と考える性格でないらしい。


「それで、私にどうしろと仰るんで」

「もう中州の工事の基礎はほぼ終わったと聞いた。これ以上待つ必要もない。奴らを追い出してしまえ」

「手荒い真似をするかもしれませんが」

「構わん。金もいるだけ言え」


 そう言うと、フードの男は懐から袋を取り出すと、それを無造作にテーブルへ置いて、相手の方へと押しやった。

 さわるたびに金属の触れ合う音がする、丸く膨らんだ袋だった。

 傷跡の男は、これには心を動かされたようだった。

 目をわずかに見開いて、表情からは笑みが消え去った。


「二百アウレアある。まずはこれだけだ」


 袋を受け取った男は、すぐに口を縛っていた紐をほどいて、中身を一掴み取り出す。

 その手にあったのはすべて金貨だった。

 この音は聞き耳を立てていなくともよく聞こえてしまうものだ。

 周りの視線が集まりそうなのを察すると、男はすぐにまた紐を結んで、自分の懐へと袋を仕舞い込んだ。

 交渉は成立した。


「ダライランとは長い付き合いだろうが、胸は痛まないのか」


 フードの男は最後にそう問う。

 質問の真意はともかく、隠れていない口許は微笑んでいるようだった。

 質問そのものを面白がっているように思えた。

 それに傷跡の男は、立ち上がりながら答える。

 表情は再び、にやついたものに戻っていた。


「私は単純な男でして。ダライランとつるんでいたのも、それが金になったからです。そうすると、ダライランとあなた、どちらと組むかはおわかりでしょう」



 店を出た二人は、それぞれ満足そうな笑みを口許に湛えていた。

 まだ陽は天高くにいるが、店先の路地には影が多かった。


「屋敷までお送りしましょうか」

 という傷跡の男の申し出を、フードの男は断った。


「女と会う約束をしている。人妻だが、これがなかなかどうして、しばらくは愉しめそうだ」


 そして二人は路地の途中で別れた。

 頬に傷のある男は宿へ、もう一人は愛人を待たせている、小さな貸家へと向かうのだった。

 数カ月の後にはコンクデリオで一つの醜聞が広まることとなる。

 だが、コアディ家のただ一人の嫡男がいくら他人の妻に手を出そうと、そしてそれが如何に力づくの手段によったとて、いつの間にか無かったことにされるのだった。

 ジェーリオ・コアディの大変な女好きは、この街では知らぬ者はないのだった。

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