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新たなる問題

 チェモーニ家と運命を共にするという決断をした商人たちをヴィンタリまで送り届けた後は、もはやカイらの出る幕ではなかった。

 その先は彼らの世界の話なのだ。


 マプロを抜け出た四家族のうち、ナタルーゴはもちろんとして、バノット家も比較的にせよ新興の商家であった。

 そのため彼らは古くからの勢力によって販路が占められているノイベルク方面でなく、逆の西側との取引が多かったので、ヴィンタリへと逃げ込んだ翌日から精力的に資材集めに奔走していた。


 反対に以前は東側の販路が専らだったペルデディカとカウディルータだが、こちらも遅れを取り戻すべく行動を起こす。

 ヴィンタリ市の支配者、ケンプロ家への接近を図ったのである。

 ケンプロ家は現在、目立った争いこそないものの、マプロのスカラー家と抗争中なので、そこそこの旧家である二家の持つ情報を売り込めると考えたのだ。

 実際はペルデディカもカウディルータも冷遇されていた方の商人なので、そこまでの詳細な内部事情には通じていない。

 だがこれを追い払う理由もないと判断されたのか、二家ともケンプロ家当主リネオーロ・ケンプロとの対面を果たした。

 市営倉庫の使用許可が下りたのは、その際の世間話の見返りとしては随分気前の良いものであっただろう。


 カウディルータが密かに知人から受けた報せでは、彼らの残してきた屋敷や家財道具などは、すべてマプロ市によって差し押さえられたとのことだった。

 しかしその報せに直面しようと、彼らは覚悟を決めた商人なのだ。

 もはや誰も眉ひとつ動かすことはない。

 皆が自身のすべてを投げ打って臨む投資の中での、想定し得る些細な出来事に過ぎないと思うのだった。


 こうしてヴィンタリ市に本拠を移しての資材調達は、その任に当たる者たちの士気の高さもあって、まずは順調に滑り出したかに見えた。

 ただこの時点では誰も気づいた者はいなかったのだが、実はマプロ脱出行からスカラーの手の者と、スカラー家から連絡を受けたコアディ家のスパイが、彼らの周囲を常に探っていたのだった。

 これによってチェモーニ派の商人たちの動向は、マプロにいた頃と変わらず、スカラーとコアディに筒抜けとなっていた。



 逃げ切ったと思いきや身の回りを絶えず監視されているとは露も知らない商人たちにとって、直接彼らの前に立ちはだかった壁は別の問題だった。

 やはり彼らはマプロの商人だったのである。

 ヴィンタリで新しく商業を営むには人脈から何から、今まで効率化に寄与してきたものが、逆に非効率極まりない枷となっていた。

 それが目に見える形となって現れたのは、まずは経費だった。

 彼らは市営倉庫の使用権は得たが、言い換えればそれ以外のすべてを一から作り上げなければならなくなったのだ。

 オフィスを賃借し、人足たちと折衝し、馬車などを揃えねばならなかった。

 そしてこれらは全額自己負担となったのだが、それについては誰も不平を漏らすことはなかった。

 皆、チェモーニ家の新都市が完成した後の、筆頭商人としての権益に賭けていたのだ。


 だが、いくら彼らが身銭を切ってくれても、それだけではもはやどうしようもない問題が出現する。

 それも根源は経費と同じところから発しているのだが、つまりマプロの商人には、共和国西部の人脈が本当に乏しい。

 するとどうしても、木材などを手に入れようとすると言い値に近くなってしまうのだ。

 さらに木材に関しては、元々ヴィンタリは不利な地勢であった。

 イーヴにおいて木材の三大供給地は東のマグナテラ帝国、北のラナホウン王国、そして西のカーラン王国である。

 このうち、東の交易路はマプロが、北と西はコンクデリオが押さえているため、そのいずれかを経ている木材には、その分の費用が上乗せされているのだ。

 ちなみに、代わりにヴィンタリ周辺は鉱山が多く、鉄鉱石や魔鉱石が主な産物である。

 とにかく商人たちの護送が終わって一安心と思っていたところへ、十月二日に中州へと届いた手紙は、難局が何一つ過ぎ去ってはいないことを悟らせるに十分な内容だった。

 チェモーニ家の資金と商人たちの私財を合わせても、必要な資材を調達することができないというのだ。



 報せを受けたロンドバルドの対応は、しかしこの苦境にあって迅速だった。

 昼に手紙を受け取った際も、主だった者たちを小屋に集めることさえしなかった。

 その晩に皆で夕食のテーブルを囲んでいる最中に、その日の特記事項を連絡でもするかのような口ぶりで告げたのである。

 そして誰もが冷や汗を流すより早くニールを呼び寄せると、まるで隣家への使いでも言い付けるかのように金策を命じるのだった。

 こうしてチェモーニ家の男子は、ついこの間長男が帰ってきたと思えば、今度は次男が旅立つこととなった。

 この前は人間だったが、次は金の護送となる。

 とはいえ恐らく大金を、しかも幾人もの命運を握るものを運ぶのだ。

 念には念を入れて、今度も護衛にカイとトーニを付け、工夫もそう大勢は割けないが、その分腕利きの者を二十人同道させることとした。

 馬車も、軸受と車輪の補強をパエトリウスが万全にし、二頭が二十三人を乗せて悪路を進んだとしても大丈夫であるように見えた。

 もうこの頃では朝晩が冷え込むので、幌もかけておく。



 一月前に兄が縫って行ったと同じ空の下を、この日は弟が発っていく。

 行く手に広がる空の濃淡は変わらないが、切って進む風ならばよほど冷たいだろう。

 御者席に毛布を身体に巻きつけて座るトーニが、鞭を入れる。

 二頭のペリアー馬はそれにさして関心を示した様子もなく、のんびりと歩き出した。

 それを見送る人々の中にあって、ロンドバルドの顔色は一段と血色が良い。

 この男はいつでもこうなのだ。

 常に精気が満ちているようで、何があっても気落ちだけは考えられもしない。

 そして、その表情にいつも接していると、段々と何事も行きつく先はこの男の思い通りになるように感じられてしまう。

 だから今回の金策も、きっとうまく運ぶだろう、とカイは無意識のうちに思っているのだった。

 きっと必要な金は集まる、きっと工事はうまくいく、きっと素晴らしい街が完成する。

 そう思えば頬に当たる風も、冷たくもなんともない。

 荷台の右側に背中を預けて腰掛ける隣にはニールが座っている。

 それもカイには心強い。

 なんだって、うまくいく。

 そう思って逸る心と反対にゆっくりと進む馬車は、もう彼らにとっては袂を分かったはずの街、マプロを目指すのだった。

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