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小さな反抗

 ナタルーゴの献身的とも思える手紙から四日後の昼過ぎ、またも小屋に集められた面々の前には、今度は七通の手紙が広げられていた。

 どれもチェモーニ家が資材の調達を依頼していたマプロ商人からである。

 市の紋章がどれにも押印されていることから、すべてマプロ市の、そしてスカラー家の検閲がされているのだろう。

 あるいは差出人としてもそれが狙いの手紙であるかもしれなかった。

 七通とも内容ならまったく同じもので、これ以上の取引は断らせてもらう、ということだったからだ。

 スカラーに睨まれてはマプロで商売など到底できはしない。

 チェモーニ家と縁を切るのが彼らにとっては、長い期間で考えた際の利益になるのだろう。

 事前に受け取っていた代金に違約金まで付けて返すというのだから、狼狽ぶりも推して知るべしと言ったところか。

 あるいは彼らとて強かなイーヴ商人である。

 倉庫の件では、スカラー家は相当補償金を大盤振る舞いしたのかもしれない。


 とにかく、これで工事の資材をマプロ商人に依頼することは、ほぼ不可能となった。

 自分たちには与り知らぬ思惑が働いていることなど知りもしないロンドバルドらにとっては、まさに降って湧いたような災難である。

 いや、事ここに至っては何かしらの陰謀があることは明らかなのだが、何にせよ情報が少なすぎた。

 それにロンドバルドとしては、スカラー家の怒りを買うような真似は、商売を営んでいた時分から気を付けてきたことなのだ。

 考えられる事としては、マディが予てから心配していたように、やはりこの中州がコアディ家の勢力圏に近いということだろうか。

 コアディはスカラー家現当主の義理の兄にあたるので、マプロを通じてこちらに圧力をかけることも十分可能だ。

 だがそれとて今は確証がない。

 仮にあったとして、必要な資材を他人に委ねなければならないような者たちには対処の仕様もないではないか。



 これは大変なことになったらしい。

 それはもう四日も前から、カイにさえわかっていたことだ。

 ようやく人の住む土地らしくなってきたとはいえ、まだこの工事には足りない物ばかりなのだ。

 木材は、今ある分ではこの小屋と同じくらいのものを三、四軒しか建てられないだろう。

 そのため工事が始まって半年が過ぎようという頃になっても、工夫たちには粗末なテント暮らしを耐えてもらっているのである。

 足りない資材は木材だけではない。パエトリウスが言うには、運河の仕上げには両岸を舗装しなくてはならないのだが、それにはハクサ山麗で産出する水に強い石材が不可欠なのだそうだ。

 これらを仕入れることが難しくなることは、それだけ工期の遅れを意味する。

 今は強い結束で結びついている工夫たちも、これが半年、一年と延びれば不満も募るだろう。

 何より雇う期間が延びた分の人件費を払えるものだろうか。

 この工事は諦めざるを得ないのだろうか。



 しかしこの難局にあって、チェモーニ家当主の表情は決して暗いとは言い難いものであるようだった。

 火事からの顛末を報せる手紙を読んだ際には険しい顔つきでもあったのだが、その夜にはいつも通りに戻っていたのだ。

 そして今、マプロ商人の離反を目の前にしても、もうそれほど心が動かされた様子ではなかった。

 アムテッロなどはどうにかして正気を保っているという風でもあったのだが。


 不安気な表情を浮かべる一同をよそに、ロンドバルドはおもむろに立ち上がった。

 トーニがすかさず左手側の後ろへと回り込む。

 そして扉の近くの棚へ近づくと、積み重ねられている紙の束から、一番上のものから数枚掴む。

 インク壷と羽ペンは、主の立ち上がった理由を察したトーニが取った。

 もう一度どっかりと椅子に腰を下ろしたロンドバルドは、これも今日の手紙にはさほど感銘を受けた様子でもなかったような自らの息子に話し掛ける。


「奴ら、皆が同じ考えだと思うか、ニール」


 その表情は、ともすれば楽しげにさえ見えるもので、カイは呆気に取られるのだった。

 なぜこの男は、このような事態に直面してまで、そう悪戯っぽく笑えるのだろう。

 そして、ふと右に座る少年を見やれば、これもまた同じような表情なのだった。


「マプロの商人に限って、それはないと思う」


 息子の言葉は父親を心から満足させたようだった。

 もはや声を上げて笑い出さんばかりに見える。

 カイはこの半年の間で気付きつつあったことが、この瞬間に明確なものとなったと感じた。

 ロンドバルド・チェモーニという男の不思議な力とは、この男の思うことが、いつの間にか周りに波及することなのだ。

 そのことに気付いたと同時に、カイは自分自身の中から、いつしか不安に思う気持ちが薄れているのも知ったのだった。


「マディ、スカラーに従わなさそうなのはどの辺りだと思う」


 急に問われた大男も、これは呆れたのが一周してきたのか、問いかけた男と同じ表情である。

 だが丸太のような腕から太い枝のような指を伸ばして、顎のあたりの髭を構う姿は、主人の願い事を待ち構える魔人を思わせることに変わりはない。


「バノットはお前が声を掛ければイチコロだ。あいつは昔からそうだった。ペルデディカは兄貴がケンプロに鞍替えしてから暮らしにくくなったと言ってたな。カウディルータも娘がホルトの商人の倅と駆け落ちして以来、風当りが強くなったそうだ。ふざけた手紙を寄こさなかった奴らの中では、これくらいだろうな」

「それに、あのナタルーゴ、か」



 それだけ言うと、ロンドバルドはもう喋るのをやめてしまい、紙の上にペンを走らせた。

 きっと四枚の手紙を書くのだろう。

 スカラー家に従わない商人ということだったが、果たして何を書いて送るというのか。

 それは一枚目を書き上げたものを横で取り上げたマディの口から明らかになったのだった。


「ヴィンタリ、だとはな。その手があるか」

「まさか、マプロを捨てさせる気ですか、父さん」


 アムテッロが緊張した面持ちで、二枚目に取り掛かった父に尋ねる。

 カイにはまだ判然としないのだが、商人の息子ともなれば、ヴィンタリ、という言葉だけで意味するところが判るものなのだろう。

 ニールも俯いて考え込んでいる風だったのがいつの間にか顔を上げて、父親の手許をじっと見つめている。

 パエトリウスはいつもの神妙な表情を保ったままなのだが、ちらりと見ればトーニまで同じ顔つきだ。

 自分だけ理解しかねているらしいのにたまらず、カイはニールに小声で尋ねる。


「何をするの」


 それにニールは、彼の父と同じ色の瞳を、同じように細めながら答えてくれる。


「スカラーに歯向かうのさ」



 ロンドバルドが書き上げた四通の手紙は、すべてアムテッロがマプロへと届けることとなった。

 四人の商人に直接手渡すためだ。

 あるいはただ渡すだけでなく、説得もせねばならないかもしれない。

 四人の宛先人が手紙の通りに行動するかに、すべてが懸かっている。

 彼ら四人の商人にマプロを離れ、ヴィンタリを拠点にもう一度資材を集め直してもらうという提案に、この中州の工事の行く末が懸かっているのだ。


 次の日の朝、旅装を終えたアムテッロが馬に跨る。

 護衛にはトーニが選ばれた。

 二頭のペリアー馬には一週間分の食糧と毛布が積まれる。

 これくらいの積荷では頑丈な体格の馬は顔色一つ変えはしない。


 まずはカーラニア大街道に出るため、北へ馬首を向けた二人のうち、アムテッロが父の方へ振り向いた。

 彼らしい、誠実さが滲み出るように真面目な表情である。


「あの人たちには本当にとんでもないお願いをすることになりますね」


 しかし父親の方はと言えば、まったく朗らかな顔で、息子に言葉を返す。


「なに、この街が完成すれば彼らは筆頭商人だ」


 そして二人と二頭は、まだ白と濃紺に分かれた空の下を、その間を縫うようにして発っていったのだった。

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