キオッゾ・コアディ
コンクデリオとその周囲一帯は、地図の上ではイーヴ共和国の北西部全域となる。
ただし共和国自体が東西方向へ広がるために、占める広さなら六から七分の一といったところだろうか。
これに対して東部のスカラーとマズマティコだけで共和国の半分の面積となるので、西半分は三家が分け合う形となっている。
しかし、広さならやや劣るかもしれないが、この北西部の豊かさは他家のそれと比べてもまったく遜色ないものなのである。
まず北から流れる大河リドーテの恩恵を受けられたので、農作物の生産という点において西部は優れていた。
イーヴは降水の少ない国であるのだが、西部ならまだ河の水で灌漑を行うことで、共和国の中でも穀倉地帯と呼んで差支えないほどの生産量を上げられた。
だが、何といっても西部が東部に比して優る点は、やはり金の道の存在に尽きるだろう。
イーヴ共和国西端の国境となるタイナゴア山脈を通り、共和国南端の国境である大カウカラス山脈を越えてアグバール帝国へと抜ける世界最大の通商路は、その大部分がイーヴでは西部にあるのだ。
そして西から延びる金の道が南へと方角を変える分岐点となる都市が、他ならぬコンクデリオであった。
このコアディ家の本拠地である都市から南へ進むと、共和国第二の都市であるホルトへと着く。
途中比較的峻嶮な中部山脈と、その間のリドーテ峡谷が難所とはなるが、これが金の道の最短ルートなのだ。
あるいはコンクデリオから南へ行かず、そのまま東へ進んでもよい。
そうすればこちらは平坦なヴォント平原を越えた先にヴィンタリがあり、その延長線上にはマプロがある。
北へ向かえばラナホウン王国領へも入れる。
ちなみにヴィンタリからは、南東へ針路を変えればカンドロを目指すこともできる。
どちらにせよガルドニア地方から金の道を使ってイーヴへ入った商人は必ずコンクデリオを通過するのだし、その逆を往く場合も然りである。
コアディ家が本拠を構える都市は、これほどの交通の要衝となっているのであった。
その一帯を押さえることによって得られる利益は、文字通り莫大なものである。
そのためコアディ家は五大商の中でもスカラー家に次ぐ実力を待つとさえ噂されるほどである。
それゆえ他の家と比べても遜色ないほどの歴史を誇るかといえば、実はそうでもなく、一番新興の一族なのだった。
五大商に仲間入りを果たした後も勢力は最も小さく、長らく勢力圏は現在の三分の一ほどだったのである。
この劣勢を覆して今の繁栄を築き上げた人物こそ、現当主、キオッゾ・コアディだった。
キオッゾはケンプロ家の女性を母として生まれ、このことからも当時のコアディ家は、東に接するケンプロ家寄りであったことが窺える。
だが、この関係は現状について最適でないことを、若い頃からキオッゾは痛感していた。
西部の金の道沿線都市は、当時ほとんどがスカラー家の影響下にあったためである。
その頃のコアディ家といえば、それよりさらに北部の地域での農業を主な収入源としていた。
これに対してキオッゾは金の道権益の獲得を目指して動き出す。
まず自身の妻として、当時のスカラー家当主の娘であり、現当主の妹を迎え入れる。
三十七歳の彼にとって、二十六歳年下の若い花嫁だった。
そして妻の持参金代わりとして、金の道沿線の街を一つだけ譲り受ける。
これが現在のコンクデリオである。
結婚してすぐのキオッゾは妻の実家に忠実であるように振舞い、まるでスカラー家の西部における代官のような存在として認識されるようになる。
その役割の一つが周囲の情報を事細かにマプロの舅へと報せることであった。
娘婿からの信頼に足る情報は、東部に本拠を置くスカラー家にとって貴重なものだったからである。
オルフェス商人は個人主義傾向が強く、自身の影響下にある都市といえど、その一つ一つの市長がいつ反旗を翻すかという懸念があったのだ。
キオッゾは彼の得た立場と、彼を取り巻くこのような状況を最大限に活用する。
まずは周囲の都市のいくつかがスカラー家からの離反を画策していると密告した。
これについては事実であった街もいくつかはあったが、大半は冤罪だったらしい。
しかしそれらすべての街の市長は免職され、後任を選出する際の混乱に乗じて、キオッゾはその街々にコアディ派の商人を増やすことに成功する。
中には彼らの運動もあって、キオッゾの弟が市長に就任した街もあったくらいだった。
これを繰り返すことによって、西部の沿線都市にはコアディの息のかかった商人が激増する。
だが、まだこの時点では、彼は事を急がなかった。
年齢は四十の半ばに達しようかという頃だったが、彼は性急ということの危うさをよく理解した男だった。
キオッゾに千載一遇の機会が巡ってきたのは、彼が六十歳の時である。
この年、オルフェス辺境伯国は第二次オルフェス侵攻に見舞われた。
この戦役で激戦地の一つとなったのは、ベクルッティ家の支配下にある南西部だった。
彼はこのことに目を付ける。
戦役後、南西部の諸都市にいち早く支援を行ったのだ。
すると自分の勢力圏に介入されたベクルッティ家との軋轢となり、西部は一触即発の状況となる。
これこそが彼の密かに望んだことなのだった。
抗争が避けられないことをマプロに報せたキオッゾは、防戦のため、一時的に周辺の都市を自分の影響下に置かせてほしい旨も伝える。
この時期スカラー家当主のディニウスは最期の病床にあり、後継者となる息子の後見をキオッゾに頼んでいたこともあって、その願いは聞き届けられた。
ここに北西部すべての都市が、コアディ家の支配下に置かれたのである。
ベクルッティとの戦いにおいても彼は優れた指導者振りを発揮し、傭兵を雇って敵を散々に打ち破った。
それまでベクルッティ家の用心棒代わりをしていたアグバール人が、第二次オルフェス侵攻の影響で一掃されていたのも、容易な勝利の一因ではあった。
その結果、それまで北と南で分け合っていた金の道を、すべて自身の勢力圏に取り入れることに成功する。
さらに彼にとって運の良いことに、ベクルッティとの抗争が終わる前にマプロではディニウスが亡くなった。
後を継いだサーニウスは穏やかな性格であったので、抗争の後も事後処理だなんだと理由をつけて街々への影響力は保持し続け、現在に続くコアディ家の繁栄を既成事実としたのだった。
それからおよそ十年、キオッゾ・コアディも七十歳を超えた。
だが彼の持って生まれた抜群の才覚とそれに劣らぬ欲望は、少しも色あせてはいなかった。
ケンプロ家、ベクルッティ家との境界線近くにクリッジ市を建設させたのも、その立地がさらなる富を生むだろうことを見越してのことである。
トゥホールという男が今は市長だが、そのうち追い出す計画も万全だ。
ダライランという男がそのことで足繁く自分の下へと来てはいるが、彼とて必要なくなれば、そのまま姿を消してもらう予定である。
クリッジ市は、行く行くは東へ勢力を広げるための重要な橋頭堡となるのだ。
そのような街には信頼に足る人物を置いておかねばならない。
五年の後には、あの街の市長には彼の姪を嫁がせた男がなっている予定なのである。
そうして彼の下で咲き誇る栄華は、日毎より輝きを増して彼の息子へと受け継がれるのだ。
彼が目に入れても痛くないほど溺愛する、一人息子のジェーリオへと。
そして、キオッゾはある日耳にしたのである。
クリッジ市より、さらに良い立地に街を造ろうとしている男の話を。
キオッゾもまた、あの湿地に街を建設できれば、陸運、水運共に兼ね備えた、しかもヴィンタリへもホルトへも近い、これ以上ない交易都市ができることはわかっていたのである。
今までは湿地に街など、と考えていたのだが、それを可能にしたというなら、なんとしてもその街は自分の物にしたい。
聞けばロンドバルド・チェモーニという男は街に関わる資金の一切を自分で用意したということなので、クリッジ市と同じような手段は採れない。
味方を装って近づくのが無理ならば、後は実力でもって彼らを排除するより他ない。
チェモーニ家とつながっている商人はすべてマプロで商業を営んでいるのだという。
ならば好都合ではないか。
この年、久しぶりにコンクデリオからマプロへの手紙の数が増えた。
宛先はスカラー家などの商人であったり、あるいは重要な職にある官僚であったりと様々である。
だが内容ならば、たとえば特定の商人からの発注をわざと遅らせたり、特定の倉庫が不審火にあうよう仕向けさせたりなど、狙いならば一つなのだった。
後はいつチェモーニ家の面々が音を上げるかなのだが、上げないならばそれはそれで、また別の手段を講じればよいだけのことである。
クリッジに剣士を何人か送り込んでおいたのも、当初とは違う目的で役に立ちそうでもあった。




