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二通目の手紙

 ランディアリス大陸の北側の内陸となるこの地では、秋という季節は非常に短く感じられる。

 夏と冬の気温差が大きいので、肌に程好い気温となる期間があっという間に過ぎてしまうのだ。

 そのためイーヴや、似たような地勢のマグナテラ帝国に住む人々は、春と秋を神々からの贈り物と思い、毎年心待ちにするのである。

 丁度春は種まき、秋は収穫の時期でもあった。


 そして、いざ春や秋が到来すると空気に湿り気が少ないのもあって、とても過ごしやすい季節となるのである。

 柔らかな陽光を浴びながら、時折頬を愛撫するように吹き抜けるそよ風は実に甘やかなのだ。

 人々はそのような風を、神々の息吹、と呼んで親しんだ。

 特に若い男たちなどは、女神の吐息、と言ってみたりもしたのである。

 秋にこの風が吹けば、もう二月もすれば厳しい冬が訪れる。

 その前の、ほんの一時の穏やかな日々は、この地に住む人々にとって、まさに神々からの褒美なのだ。


 その風は、もちろん中州の工夫たちにも吹き始めていた。

 朝方は少しばかり冷えるのだが、空が青く染まりきる頃には陽気に満ち、汗は神や女神の息が拭ってくれる。

 しかし、この日小屋に集ったいつもの面々には、そのようなことに喜びを覚える余裕など奪い去られでもしたかのようたようだった。

 彼らの背筋には、まだ秋の入口に立ったばかりというのに、もう寒気が走っていたのである。



 食堂は随分前から重々しい空気が漂っていた。

 太陽が東の側にある頃から皆集まっているのだが、もう西側の窓から光が差し込んできている。

 誰も、トーニでさえ昼の間食を取ろうともしない。

 こういう雰囲気の時には場を和ませることを言うはずのロンドバルドも、最初にしかめ面になってからそのままだ。

 マディなど今にも小屋の一つや二つ、吹き飛ばしてしまいそうな形相である。

 他の者も皆一様に、驚きと落胆が入り混じった表情を浮かべるばかりだった。

 ただニールだけは、少なくとも心ここに在らずといった風ではなく、いつもの表情で沈黙を守っている。

 だがその内では絶えず考え事が処理されているのだろう、と傍らに控えるカイは思うのだった。

 それらの原因は、一通の手紙だった。



 差出人はこの間のもののように、ナタルーゴ商会の主からだった。

 そのためまずはニールが受け取って目を通したのだが、読み終えるや皆を集め、それ以来この状況が続いている。

 呼ばれた際にちらりと手紙の入っていた筒をカイは見たのだが、前回は押されていたマプロ市の紋章が、今回はどこにも見当たらなかった。

 つまり自費で馬を飛ばして届けさせたということだ。


 この時点でなにやら只ならぬ予感がしてはいたのだが、手紙の内容は予想を上回って深刻だった。

 こちらへ納入されるはずの資材を保管していたマプロの倉庫が、火事に遭ったというのである。

 これによって納入予定の資材のうち、およそ半分が焼失したということだった。


 この事実はチェモーニ家にとって大打撃となりうるものだった。

 資材についてはただでさえぎりぎりの資金なので、親しい間柄の商人を中心に、かなり無理を言って仕入れてもらっていたのである。

 それが一度にこれだけが灰になってしまったとすると、補填にかかる費用を払いきれるかは、大変微妙なところなのだ。

 火事の責任者がそれなりの人物ならば請求できたかもしれないが、手紙によればどうやらごろつきの火の不始末が原因であるらしいので、牢屋へ放り込むことはできても、それ以上は逆さに振っても出まい。

 しかし今回は倉庫が市営のものであるのを理由に、マプロ市が焼失した資材をすべて賠償するとのことなので、金銭的な問題はそこまで大きなものではない。

 では一安心できるかと言えば、むしろロンドバルドらの顔つきが険しいものとなったのは、それを知ってからであったかもしれない。



 火事があったのは八月十四日、手紙の結びの日付は十七日。

 クロントは相当急いで手紙を出したのだろう。

 そのため、ある程度同じ方面への郵便物が集まってから出発する市営郵便でなく、自分で人を雇って手紙を寄越してきたのだ。

 そのくらいにカイは考えていた。

 だがチェモーニ家の男たちやマディは、この手紙の意味するところを別のものとして捉えていた。


「手際が良過ぎるな」


 ロンドバルドが独り言のように呟く。

 しかしその言葉は、その場にいた全員の脳裏に重々しく響いた。

 立ったまま太い腕を組んで手紙を睨み付けていたマディも、苦々しさを漂わせる口ぶりで同調する。


「役人連中がこんなに早く、払う予定のなかった金を出すものか。普通ならなんやかやと理屈をこねて払い逃れようとするような連中だ」


 アムテッロとパエトリウスも真剣な表情でマディの言葉に頷いている。

 ニールは皆を小屋へ迎え入れてから相変わらずで、押し黙って俯いていた。

 きっと何かを考えているのだが、それがどういう事なのかまでは判然としない。


「これは役人の財布から出た金じゃないぞ、ロンドバルド」


 そう言う大男の視線を正面から受け止めた青の瞳が、静かに、しかし厳しく光る。

 それは一瞬のことだったが、この底知れぬとも思える男が見せた表情は、カイにとって今の状況とはまた別の驚きでもあった。


「そうだ。商人が、恐らくはスカラーが出したのだろう。お偉方は自分の利益のためにしか気前良くはならない。あるいは帳簿の上では本当に出したのかもしれないが、もしそうだとしても、裏に善人には見えない別の帳簿があるものさ」

「しかし、一体どうしてこのように不自然なことを」


 首を傾げて怪訝な顔つきのアムテッロに、父親は黙って手紙を押しやり、箇条書きになっている箇所を指で示した。


「あの若いのはなかなか抜け目ないものだ。焼けた倉庫の所在まで書いている。いくら無計画な放火といっても、これだけ離れた場所に、しかも周りに別の大きな倉庫がないものばかりだ。そして我々への荷の半分が焼け、火を免れたものも同じ倉庫にいくらかはあったろう。偶然と言い張るにはいささか白々し過ぎるな」

「それは・・・」


 父と、そして恐らくは弟も同じく考えていたことを、彼もようやく理解して絶句する。

 根が誠実な男なので、発想の最初に事故という以外の選択肢がなかったのだろう。

 この頃になると、手紙を直接読んだわけではないカイも、おおよそは見当が付いていた。

 自分にも判ったということは、ここにいる全員が、すでに自分たちが見えない悪意の標的となったことを察しているに違いない。

 パエトリウスの眉間には何本もの皺が寄り、マディの顔など、先ほどから見るのも怖いくらいだ。


「次の荷は、届かんかもしれんな」


 またロンドバルドが誰に言うでもない風に呟いた。

 それに異論を唱える者は誰もいない。

 西の窓から差す陽光が優しく食堂に注ぎ、彼らの横顔も照らす。

 だが窓に向かって立つ格好のカイは、皆に明るい陽が当たる分、自分から見えている影もまた、一層濃くなるようにも思えるのだった。


 チェモーニ家当主の危惧が的中したのは、それから四日後のことだった。

 市営郵便を頼らなかったクロントの判断は正しいようであった。

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