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市庁舎の密談

「キオッゾ殿は当方の状況に理解を示されておりました」


 細い顔をした男が、椅子に深く腰かけたもう一人の男に向かって言う。

 年齢は三十歳を過ぎてはいるのだろうが、対面する男の方が実年齢より老けて見えるせいか、こちらはまだ髪も黒々として、やや若く思わせるようだ。

 自信の滲み出るような笑みもまた、安堵とも脱力ともとれる溜息をつく男とは対照的である。


「それは利子の支払いを猶予してくれる、ということなのかね」

「今回も、ジェーリオ殿の取り成しもあって、払える時に、というお言葉を頂いております。ただし、さすがにもう半年も滞納していますので、毎回肝が冷える思いですな」

「君には苦労をかけて申し訳ないと思っているよ。しかし、こうも利子の支払いだけで四苦八苦するようになるとはな。見通しが甘かったのだろうか」


 その言葉を聞いて男は僅かに、だがそうしたと誰もがわかるように顔をゆがめた。

 しかし背筋は直線的に伸びたままで、心底からの表情の変化でないことは、注意深くこの男を観察している者なら気付くだろう。

 トゥホールは彼のことを全面的に信頼していた。


「やはり三年前の追加融資の件は断るべきだったのでしょう。ですが、私が賛成したばかりに・・・」

「何を言うのだ、コゾン。そもそもコアディ家と縁のあった君がいなければ、街自体が存在していないではないか。現状に関しての一切は私の責任だよ」


 そう言うとトゥホールはもう一度大きく息を吐き出すと、机の上に手を組んでうな垂れる。

 立って見守る男の顔は慈愛と尊敬に満ちたものになっているが、姿勢だけは先ほどからまったく変わっていない。

 椅子の背後にある大きな窓から、午後の陽光が白々しく部屋の中を照らしていた。

 市長から今日だけでもう何度目になるかわからない労いの言葉を受け取ると、男はさほどその部屋に未練などないような身のこなしで、しかし態度だけはうやうやしいもので退出を乞うのだった。



 市庁舎の廊下を、たまに声を掛けられればにこやかに返しながら歩き、男は自分の部屋を目指す。

 足取りはいたって普通なのだが、内心では早く着くことだけを考えて、走り出せないことがもどかしい。

 彼の部屋には、本来このような場所にいるべきではない人物を待たせていたからだ。

 部屋の前にたどり着くと、「外出中」の札はそのままにしてドアを開ける。

 幸い誰にも見られていないようだった。


 中では一人の男がソファに腰掛け、足はテーブルの上に投げ出して、彼の帰りを待っていた。

 窓を閉め切って、昼だというのに薄暗い部屋の中だが、その男の薄っすら浮かべた笑みだけ、やけにはっきりと見える。

 行儀の悪さからも、右頬の大きく白い傷跡からも、その男が真っ当な職の人間でないことは明らかだった。


「遅かったな、ダライラン。迎えに行こうかと思っていたところだ」


 傷面の男が、ダライランがドアを閉じきる前に口を開いた。

 顔は薄ら笑いのままで言うので、小馬鹿にしているのかとも思える。

 だが彼は、それには一言も返さずに後ろ手でドアを閉め、そのまま無言で男を見据えた。

 男の方もどこ吹く風で、睨まれていることには何の感想も持っていないかのようだ。


 市長室での表情の豊かさはどこへやら、彼は無表情のままで男の横を通り過ぎると、自分の机の椅子を引く。

 部屋の主が座った後も、二人は互いにそれまでの顔つきのまま、一言も喋らずにいた。



 しばしの刺々しい沈黙を破ったのは、ダライランだった。


「あまりここへは来るな、と言っておいたはずだ。貴様との関係は私の立場を危うくする惧れがある」


 男はちょうど傷跡を一撫でしながら、自分への非難をあまり意に介した風ではなかった。

 投げ出した足の上下を、気だるそうに組み替えている。

 そしてにやり、と笑って言うのだった。


「ばれやしないさ。むしろばれた方が、もうこそこそせずに済んで気楽なんだがね」


 その言葉は、ダライランの神経を逆撫でたようだった。

 顔が強張り、語調も苛ついたようなものになる。

 だが声量は努めて低くしている。

 この部屋には今、誰もいないはずなのだから。


「私の立場があると言っているだろうが」

「いっそのこと、あんたが市長に成り代わればいい。簡単なことだ。今でさえあんたに逆らう奴なんていないじゃないか」


 男はまるで悪びれる様子がない。

 だが部屋の主にとっては、もはや男の態度など取るに足らないことのようで、ただ言葉の内容に対して苦々しい顔となる。


「あれで住民からの支持は絶大だ。あからさまに除いたのでは、さすがに彼らが黙ってはいない」

「コアディの商人たちが大勢来るんだろう。三千程度の住民なんて問題じゃないさ」


 そう他人事のように言ってのける男を、ダライランが睨み付ける。

 それさえも男は楽しんで眺めているようだった。


「だからだ。この街がコアディ家の息のかかった者で溢れかえる前に、私への住民たちの支持を確立しておく必要がある。そうすればこの街がコアディのものとなっても私の発言力が保たれるのだ。それにはもうしばらく、あの役立たずが必要だ」

「ご苦労なことで」

「お前には理解できなくてもいい話だ。ただ、勝手な事だけはするな、私の指示を待て」


 男は恐縮したような仕草で肩をすくめる。

 そんな気持ちでないことは、おどけた表情からも一目瞭然なのだが。

 そしてもう一度傷跡を撫でると、軽く口笛を吹いた。

 だが、椅子にきちんと座っている男の視線がまだ自分を不信の眼差しで睨んでいることに気付くと、わかったよ、と返してはおく。


 もうずいぶん長いこと淀んだ空気で部屋は満ちていたが、窓を開けることなど許されない。

 部屋の中には、誰もいないのだから。

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