進む工事
一月ぶりの湿地での生活が再開すると、思った通りの昼夜を問わない日々が続く。
時にはつい何日か前までの、緑の海原をそよ風に逆らって進むような一時を懐かしくさえ感じられるほどだ。
それでもやはりチェモーニの男たちや雇われ人、気の好い工夫たちに囲まれて過ごすのは、忙しささえ生きる喜びにも思えるような楽しい日々でもあった。
さらに、周りの人々との交流だけでなく、カイには着々と街の輪郭が浮かび上がってくるのを実感できるのにも心が躍るのだった。
ロンドバルドが思い描き、パエトリウス技師がなにやら線と数字で表すものを、工夫たちが黙々と形にしているのである。
運河は総長五ロンガということだが、これを一組ごとに担当区画を設けて工事させることを言い出したのはパエトリウスだった。
マグナテラ帝国軍では宿営地などの工事をこのように区画ごとに行うのだそうだ。
初めは、カイは元より多くが皆で一斉に掘れば早そうなものなのに、と思っていたのだが、この方法の効率性が明らかになるのに、そう時間はかからなかった。
こちらの指揮はロンドバルドが直接執ったこともあるが、やはり分担すると無駄が目に見えて少なくなるのだ。
運河を五ロンガ掘るのに対して工夫の割り当ては五組なので、一組が一ロンガを担当することとなる。
幅は八十ミンタ、深さが五から最深部で八ミンタ。
千ミンタで一ロンガと同じ長さとなるので、これらの長さ・幅・深さを考慮すると、百人一組をさらに四人の二十五組に分けたうえで、一組あたり四十ミンタの長さの区間を担当すればよいことになった。
つまり運河の工事に割り振られた工夫は、一人あたり長さ四十ミンタ、幅二十ミンタ、深さだけ五から八ミンタと開きがあるが、これだけを掘ればよいということである。
実際にはもう少し手を加えねばちゃんと機能はしないので、仕事はこれだけでは終わらないのだが、十カ月のうちの大部分はこの作業に費やされる。
そして、運河の工事の際に掘り出される土を有効活用することも、技師は見逃さなかった。
土はすべて土嚢に詰められ、湿地を挟んで反対側の川岸に堤防を造るのに使われることとなった。
これを運ぶのは、工事には割り振られずマプロへ資材を取りに戻った二組の仕事である。
運んだ先での堤防建設の指揮はマディが執る。
では川の方はというと、今年は比較的流量の少ない年ということもあり、こちらも工事は順調に進んでいた。
指揮はアムテッロだが、毎晩進捗をパエトリウスに報告し、今後の指針を相談してもいたので、不明なことや遅れも出ず、仕上がりは運河より早いのではないかとすら思われている。
内容は、こちらも掘ることには変わりないのだが、その目的は運河とはやや違う。
川の流れをよりコントロールしやすくなるようカーブをなめらかにしたり、水深が浅いところを深くするなどの工事である。
川といっても、これまでは本来流れているはずの水のほとんどが湿地へと溢れていたのだから、水深を深くする工事の方が割合としては多かった。
工事のために一旦川の水を堰き止めたり迂回させるのにも、土嚢は役に立っていた。
三つの工事地点で主に問題となったのは、二つの間に広がる湿地だった。
地面の水気が思ったより多かったのである。
当初の予定では早いうちから家などを建て始めるつもりだったのが、自然に乾燥を待つという干拓ではとても間に合わないことは明らかだった。
そこで技師が考えたのは暗渠排水だった。
地中に排水管を埋め込み、それを何本かの大きな排水溝へと流れ込むようにするのである。
幸い排水管は運河の仕上げに使おうと用意していたものがあったので、それを流用することとなった。
そのせいで今度は運河用の排水管が足りなくなるのだが、これに関してはマプロのナタルーゴらへ追加で発注するしかない。
期待通り排水はうまく運び、到着してしばらくは運河と川を結ぶ通路には板を通していたのが、今では外しても問題ないまでになっている。
地面が湿っていたころは土嚢を担いで歩こうとすると足がめり込み、とても川岸までたどり着けないほどの有様だったのだ。
干拓が一通り終わった現在は、地面を平坦にする工事に取り掛かっている。
こういった作業は元帝国軍技官のパエトリウスの最も得意とする分野のようで、昔を思い出すのか、初めて会った時には想像もできないほど活き活きと指示を出している。
それで夜には各現場の状況を取りまとめたり、翌日の方針を細かに各組の代表に説明したりと、まったく休まる暇がない様子である。
しかしカイには、技師にはそれすら心から楽しんで向き合っているように思え、ひいてはここに集う皆が同じ気持ちであるのだろうと思えるのだった。
カイとトーニは交代でロンドバルドを警護、見方によれば監視しているのだが、彼らにはもう一つ重要な仕事があった。
クラウティーノの子守りである。
小さな「クラウ」はどの現場でも人気者なのだが、やはり遊びたい年頃なので、何かと工夫たちを手伝いたがるのだった。
その度に気を逸らしたり、時には窘めたりするのも、剣士たちには気の抜けない任務なのである。
クラウティーノは、小さいながらも容姿は兄弟の中で一番父親に似ているとは誰しもが認めるところだが、なんと性格まで最も色濃く遺伝しているのだ。
目を離すとどこへ行くかわからないという点でも、まさに父親そっくりなのだった。
だがそれもクラウティーノの興味がどうしても惹かれることがある場合だけで、いつもはむしろこの幼児は二人に、さらにどちらかと言えばカイにべったりなのだった。
父や兄は手の離せない仕事に専念させるべきだと自らを納得させるほどには、聡明な子でもあった。
それゆえ傍にいるのが仕事でもあるカイらに、存分に甘えてくるのである。
カイも元々小さい子に好かれる方ではあるし、本人も年下の子と遊ぶのは好きな性分なので、事情を知らない者が見れば、二人は本当の兄弟だと信じて疑わなかっただろう。
トーニも子供好きであるのはたしかなのだが、こちらはいかんせん自分に相手を合わせる節があるので、どうにも扱いが荒いのである。
そういった理由で、クラウティーノもトーニのことが嫌いということはないのだが、自然とカイに、より懐いているのであった。
こうして誰もが一心となって自身の役割に専念する街の予定地へ来客があったのは、季節も知らずのうちに春が終わって夏が始まる、ちょうど境目となる時期のことだった。




