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待望の言葉

「それで、今日来たのは成功を祈って祝杯でも挙げる気か」

 

そう言われたロンドバルドは、それまでのくつろいだ座り方から多少背筋を伸ばし、浮かべていた微笑みもしまいこんだ。


「いや、まずはトーニを引き取りに来た」


 シェッドも大きく頷く。


「そういう約束だったな」


 やはりロンドバルドとトーニは関わりがあるらしい。

 旦那、と呼んでいたのは雇われていたからだったのだろうか。

 あの身のこなしとモップ捌きからすると、おそらくトーニは剣士だろう。

 ロンドバルドは今までの会話から商人であることは疑いようがないので、お抱え剣士ということか。

 商人が気に入った剣士を自分専属にすることはそう珍しいことではない。

 大概の剣士は高給を求めてギルドに属しているので、それより好待遇を与えられるならば文句もない。

 あくまでギルドは仲介組織であって組織への忠誠心を求めることはないため、離籍も随分スムーズにすむのである。

 トーニもかつてはどこかのギルドに所属していたのだろうか。


「役に立ったか」


 問いかけるロンバルドの顔はどこか悪戯っぽく、あれほどの威圧感を発していた男がこういう表情もするものか、とカイに思わせる。


「まったくいい奴だよ、あいつは。酒場の給仕をしていなければの話だがね」


 シェッドも困ったような表情で肩をすくめたが、おどけてしていることなのは一目でわかる。

 どうもトーニの短気は今日に限ったことではなかったようだ。

 二人はそう言ったきり、くっくっ、と笑い合った。

 今日のことも含めて笑い飛ばしているのならば、マスターも大変な従業員を抱えていたものである。

 このような騒ぎも慣れっこだということなのだから。



 しばし休めていたコップを拭く手を再び動かし、シェッドはまたカウンターの片付けをしだした。

 だが、顔だけはこちらへ向けたままである。


「それで、まずは、ということは他にも用があるのか」

「ああ、さすがにトーニだけでは手に余ることもあるだろうから、他に剣士を紹介してもらおうと思っていたんだが」


 そこまで言うと、ロンドバルドは一度こちらを見て、またカウンターの方へ向いた。

 久しぶりに目が合ったことに驚いたカイは、話題が剣士のことであったことより、それまで横顔をじっと見つめていたことがばれなかっただろうかと思い、慌てて顔を逸らした。

 慌ててカウンターの横の方へと目をやると、裏へ水を汲みに行っていたトーニも戻ってきており、カウンターに腰掛けたままだったニールと話している。

 やはりほっそりとした横顔で、それが背丈よりは大人びた雰囲気を与えるように見える。


 横でロンドバルドのよく通る声が聞こえる。

 ギルドと言っているようだが、その通り、ギルドに所属してさえいれば仕事には困らないのだ。

 やりきれない話だが、そもそも今日初めてマプロへ来た自分がギルドに入る術などないものな、などと考えていると、続けてシェッドが答える。


「いや、その子ならギルドのメンバーじゃないよ。仕事をくれと言って入ってきたところへ、あの騒ぎさ」

「ほう」


 この二人はもしかして自分のことを言っているのではないか、そう思ったカイが再び横を向くと、今度はロンドバルドがこちらをじっと見つめていた。

 本人はただこちらを見ているだけなのだろうが、その青い瞳と相対するとどうしても背筋が伸びる思いになってしまうのである。


「君の名はなんというのかな」

「カイ・ツェゼッリといいます」

「私はロンドバルド・チェモーニという。ここらを拠点に商売をしている。いや、していた、と言うべきかな」


 知らずのうちに両の拳が握り固められてしまう。

 気付くと緩めようとはするのだが、またすぐに握りしめてしまう。

 それを繰り返しているので、傍から見れば両手を不自然に動かしているように見えたことだろう。

 それほど緊張していたのだった。


「今私は剣士を探しているのだが、どうだろう、一つ雇われてみないか」


 待ちに待った言葉だった。

 もちろん返す言葉は決まっている。


「はい、やります。お願いします」


 それはあまりに大きな声だったので、すぐ目の前にいたロンドバルドは元より、カウンターのニールとトーニも驚いてこちらを覗き込んでいる。

 しかし、そのようなことはもはやカイにとっては些細なことだった。

 やっと仕事が、しかも剣士の仕事が手に入ったのだ。

 その喜びは身体中をくまなく駆け巡り、表情も思わず綻んでしまう。

 せっかく剣士として雇われたのだからもう少し引き締まった顔をしなければ、と思うのだが、その度に腹の底から嬉しさが込み上げてくる。


 これではいけないと腹に力をいれたその時、嬉しさとともに緊張も解けたのだろう。

 雇い主を目の前にして、カイの腹は低い長い唸り声を上げたのだった。


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