自己紹介
いったいこの人は何を考えているのだろう。
そういうことなら酒代の一部でも払ってもらおうか、と言いそうにも見えないが。
さっきからトーニはこの男のことを旦那と呼んでいるから、商人か、はたまたギルドの関係者なのか。
だが、ギルド関係者にしては、腰のものはないようだ。
それはカウンターの彼の息子らしい少年も同じことだ。
カイは久しぶりに視線をその少年の方へ向けてみた。
もう支払いは済んだらしく、こっちを、父親と同じような興味深げな顔で見ている。
そんなようなことを考えていたときのことだった。
しばし何も言わず微笑んでいた紳士が、おもむろに口を開いた。腕は両方の腰につけ、親しげな表情と声色である。
「君は剣士なのか」
何を言われるか、問われるか、と内心身構えていたカイだったが、なんとか口ごもらずに答えることができた。
この店の中で剣士に関することならば、なるべく毅然とした態度でありたいのである。
「はい、そうです」
男は、ふうむ、という素振りをした。
いかにも、といった具合で、多少芝居がかった動作で右手を顎へやっている。
そして小首を傾げるようにして、また問いを続ける。
「若いのに」
皆がそう言う。
ミトー老人にも言われたことだ。
たしかに十五で剣士とは、普通は考えられない年齢だろう。
いたとしても大体は駆け出しのひよっこで、まだとても使い物にはならないのが関の山だ。
だが、それはあくまで〝普通ならば〟の話である。
「小さい頃から剣は振ってます。仕事だって、何度もしたことがあります」
「ほう」
この答えは目の前の男にしたものだが、本心では少し離れたカウンターにいるマスターにこそ聞かせたいものだった。
そんなつもりではなかったのだが、結果としては腕前も見せられた。
後は自分が剣士としての実績にも事欠かないということさえ伝われば、先ほどの騒ぎで流れたかに思えた仕事の話も、もしかすると叶うかもしれないではないか。
そういった期待をこめてカイは横目でチラリとカウンターの方を見やったのだが、当のマスターはというとこちらへは背中を向けてしまって、せっせと散らかった椅子などを片付けている最中だった。
これには少しばかり落胆したが、目を正面へと戻すと、まだ男はこちらを親しげな眼差しで見つめている。
この男はロンドバルドといったか、マスターとは知らぬ仲でもないようだ。
ならば、この男に自分が使い物になることを納得させれば、この話題には関心の薄そうなマスターに推薦してくれるかもしれない。
そう思い直したカイは、それまではさり気なくカウンターの方へも気を配っていたのをやめ、この紳士との会話に集中することとしたのだった。
「父の知り合いの商隊の護衛で、カンドロへ行ったこともあるんです」
「ああ、あそこなら私も買い付けによく行ったものだ。いい茶が手に入る」
カンドロとはマプロから南へ十日ほどの、イーヴ共和国南部ではホルトに次いで二番目の商業都市である。
そもそもマプロがイーヴの北西に位置しており、そこから真南の都市なのでアグバール帝国のガナンタス総督府との国境に近い。
そのため他国の物産でもガナンスタや、さらに南のアーディアットの品々が多く揃うことで有名である。
もっとも、そんなことは今のカイにはあまり重要なことでなく、ただ自分が歳相応以上の経験を有していることをアピールしたいだけだった。
これはなかなか効果があったらしく、カンドロという名を出した時点で、どうも商人であるらしい紳士の表情が心なしか真面目なものになったように感じられた。
この調子ならば思った以上に自分を売り込めるか、と心が高鳴った丁度その時、二人の会話の腰を折ったのは、それまでこちらには見向きもしなかったマスターなのであった。