一騒ぎ
剣というよりは大振りのナイフを構えて襲いかかってきた男を前にして、カイはなぜ自分が巻き込まれているのか、いまだに理解しかねていた。
だが降りかかる火の粉は払わねばならない。
カイは左足を引いてナイフを空振りさせると、モップの柄を床に斜めに立てた。
それに躓いた男は突進の勢いを抑えきれず、前のめりになって倒れたかと思うと、そのまま二回ほど転がってカウンターに背中からぶつかっていった。
あの勢いではさぞかし痛かろうと心配するカイへ、また別の男が切りかかってくる。
今しがたの醜態を見てああはなるまいと考えたらしく、なるべくその場から動かずにナイフだけが振り下ろされる。
その切っ先を柄で滑らせて受け流すと、体勢を崩してこちら側へと突き出た男の右の手の甲を、ピシャリと叩く。
ナイフを取り落した男の手の甲は真っ赤に腫れ上がり、あまりの痛さだったのか、その場にうずくまってしまった。
そうしているうちに起き上がった先ほどの男と、もう一人がカイを前後から挟みこもうとしている。
挟み込んだはいいものの用心しているらしい二人に一瞬の隙を見つけたのでちらりと横に目をやると、茶髪の少年が、同じくモップの柄で五人を相手にしている。
あれではさすがに大変だろうという気持ちと、それでも自分が巻き込まれていることにいまだ納得のいかない気持ちの両方を抱いていると、痺れを切らしたらしい二人が呼吸を揃えて切りかかってきた。
さっとテーブルのない右側へ身をかわして二人を目の前にすると、左側の方の男が少し怯んだ様子だったので、下からモップでナイフを跳ね上げて、その横をすり抜けた。
その向こうの茶髪の少年に、一言文句を言いたくなったのである。
自分の左側へ駆け寄ってきたカイを横目に、少年は心なしか楽しげであるように感じられた。
そのこともまた、カイの釈然としない気持ちを一層強めるのだった。
「なんで俺まで」
そう問われた少年は、やや褐色の健康的な印象を受ける顔を申し訳なさそうにし、それでも相対する男の首元に的確な一撃をくれながら答えた。
「すまん。けどさ、我慢できなかったんだよ」
それでは自分が巻き込まれたことへの納得のいく理由にはちっともなっていないと抗議しようと思ったのだが、それだけ言うと少年はまた目の前の男たちへと意識を集中してしまったようで、もうこちらを窺うことすらしなかった。
仕方がないと諦めて、ふと、後ろのカウンターを振り返ってみると、マスターがことさら不機嫌そうな顔でこちらを見つめている。
無理もないことではある。
今、テーブルを蹴る、椅子を投げる、の大立ち回りが繰り広げられているのは、他ならぬ彼の店なのだ。
こちらを注視しつつも、その背に酒樽を庇う位置で立っているマスターにカイは、これは自分の責任なのだろうか、という複雑な気分になるのだった。
店の中を、幾分か余裕を持って把握していたカイではあったが、さすがに入口で中を窺う二人の人影があったことには気付かなかった。
相対する男たちにはどうやら一応は剣士の心得があるらしく、そう長くは意識の外に置いてはおけなかったのである。
だから玄関のところで交わされていた会話も、カイの耳には入らなかったのだった。
「見ろ、ニール。あの少年、トーニに見劣りしないほどの身のこなしじゃないか」
「そうだね、父さん。並みの剣士よりはずっといいように見えるよ」