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私が産んでない私の子 ~見知らぬ女が旦那の子を妊娠したと言ってきた~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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20/23

爆発

「詩織さん、帰りましょうか!」


 歌い終わった菜々美さんは私が渡したマフラーで鼻下まで隠して微笑んだ。

 その横を子ども達が「お姉ちゃんまたねー!」「出産頑張って!」「赤ちゃん産んだら見に行くねー!」と去って行く。

 夕方だった空はもう夜を含み、ライトアップされた木から優しい光が落ちてくる。

 私は浅く何度も何度も息をするけど、指先が痺れて苦しい。

 胸元の服を掴んで首を振る。

 子ども達が帰って誰もいなくなった公園、菜々美さんと私だけが残された。

 菜々美さんは私の様子に気がついて、


「詩織さん?」

「凌と寝たのね」

「……はい。何度も言ってますけど、何度もしましたよ」

「凌と寝たのね?!」

「はい。何度も言ってます。最初から言ってますし、一度だって否定してません、凌さんとしてましたよ」

「凌と……本当に、してたのね」


 私は喉を震わせて声を絞り出す。

 菜々美さんはその場に立ち尽くしたまま何も言わない。

 私たちの後ろを片付けが終わった大人たちが荷物を持って出ていく。

 喉の下から震えが上がって来て苦しくて頭が震える。

 菜々美さんは最初から言っていたのに、証拠だってあったのに、全部揃ってるのに、それでも凌を信じたくて。

 違う、菜々美さんが来てから凌が優しくて、でもそれも……浮気をしていた証拠なのに、それでも信じたくて。

 してないって、抱いてないって証拠を必死に探してた。

 はめる位置が違うパズルだって似た形の同じ色なら入れてしまえば分からない。

 そうやってずっとそこに入れていたら、そこが居場所になる。

 私は事実しか信じない、それだけを信じる、そうやってここまできた。

 凌の持ち物が出てきても、それでも信じてきたのは、本当に忘れてきた可能性が否定出来なかったからだ。

 でもこれは違う。


 これは「ふたりの歴史」。

 見せられたのは私が知らない「ふたりの時間」。

 

 信じられないものは、何ひとつ見たくなかった。

 証拠がすべてあるのに殺人鬼がいないホラー映画のように。

 人がナイフで刺されて死んでいるのに、この世界のどこにもナイフが存在しないように。

 水がないのにあふれ出す海のように。


 何もかも信じたくなくて蓋をして逃げて来たのに、今この瞬間、歌でふたりの繋がりが見えて答えが見えた。

 どれだけの時間、どれだけの深さでふたりが繋がっていたか見てしまった。

 頭を振って振って叫ぶ。


「イヤよ!!」

「突然どうしたのか分からないですけど……正直初日にこういう反応をされると思ったんですよね。だから今私はその洗礼を受けてるんだと思います。じゃあ初日に言おうと思っていたことを言います。凌さんは結婚してるけど関係は破綻していると私にずっと言ってました。セックスしてないし夫婦としては完全に破綻している。だから君が好きだと。君のまっすぐな声と性格が好きだと」

「やめて!」

「私はここにきてすぐに気がつきました。全部嘘だったんだなと。全く破綻してない夫婦関係、私には殴りながら首を絞めながらしていたセックスが、詩織さんには愛があるセックスをしていた。全く破綻してない。私はただの穴扱いされていたことに気がついてませんでした。君は知能が高い、勉強なんてできなくていい、知能が高い女こそ俺の相手だ。私のことをバカにしていたんだと詩織さんを見て気がつきました」

「でもしてたんでしょ!」

「はい、首を絞められて、背中を殴られ、こうじゃないと出来ないと言われてました」


 私は興奮していたけれど、菜々美さんの言葉に我に返る。

 首を絞められて、背中を殴られて……?


「……なにそれ、凌がそんなことしてたの?」

「はい、美穂先生が私の背中に跡があると言っていたと思いますけど、あれは凌さんが私の背中を殴りながらするから残ったものです。そういう性癖なんだと。ずっと言ってました。まあ全然違うみたいですけど」


 私はクラクラしてベンチに座り込む。

 菜々美さんはまっすぐに私を見たまま続ける。


「そもそも出会いは、リボンマートの店長が凌さんを連れてきました。仕事中なのにデートするように言われて」

「……え?」

「こっちにきて色々詩織さんが教えてくれて気がついたんですけど、私が凌さんとセックスするようになってから、うちの店に監査の人が入る回数が減っていた気がします。いつも月一でスーツ着た人が寮とかリボンマートにきて、そのたびに大騒ぎになってました。寮は四人一部屋でぶち込まれて最悪だったけど、凌さんとセックスするようになったらひとり部屋になりました。それで私は完全に調子に乗った。痛くて苦しいセックスさえしてれば平和に暮らせるならそれでいいと思ったんです。時給も上がって部屋も個室、セックスさえ我慢すればパーフェクトでした」


 聞きながらリボンマートの寮を思い出す。

 あんな狭い部屋に四人……それは色々な法律に違反している気がする。

 菜々美さんは続ける。


「外国人もたくさん雇ってました。他に居場所がない人を全員寮に入れて、それでもうちだけは捕まらなかった。私が凌さんとしていたようにグエンもセックスの仕事してました。グエンはセックスすれば日本に居られるって言ってから、たぶん同じ。でもグエンは元々風俗の仕事しててずっとピルを飲んでました。でも……私は妊娠したかったんですよね」


 そう言ってお腹を撫でた。


「おばあちゃんが死んじゃって一人で。一緒に生きる人が欲しかった。だから妊娠して子どもが欲しかった。凌さんは大きな会社で働いていたし、本当に夫婦関係が破綻してるなら私と結婚してほしい、この人から奪い取ろう。そう決めて寝ている間に名刺を盗んで会社からつけて来てここに来た女です。詩織さんに……こんなに……大切にしてもらえるような……人間じゃない、薄汚い泥棒猫です。罵られて嬉しい、もっと怒ってほしい、出て行けと追い出して、ずっと辛くて……それでも……詩織さんが好きで。人生でこんなに優しくしてもらったことない。薄汚い泥棒猫なんです、だから……はやく嫌いになって。嫌いになって追い出してください……私は優しくされる価値なんてない、幸せになっちゃいけない人です、はやく嫌って。分かってた、こうなること。でも詩織さんが優しくてどんどん好きになって……」


 そう言って菜々美さんは立ったまま大粒の涙をポロポロとこぼした。

 私も泣いてしまって首を振る。

 最初から私が受け入れて、菜々美さんを拒絶できていれば良かったのか。

 そしたらこんなに苦しくなかったのか。全部分からない、分からないけれど、


「……菜々美さんは被害者よ」

「いえ、分かってました。結婚してる人だって分かっててセックスしてました。だから被害者ではないです」

「本当にセックスレスだったのよ。だからそういう意味では本当のことを言っている」

「でもしてたじゃないですか」

「菜々美さんが来てからね、なぜか」


 私がそう言うと菜々美さんはマフラーを目元まで引き上げて、


「怖くて。凌さんはいつも私の首を絞めた。本当に息ができなくて、目の前が真っ白になって吐いたこともある。リボンマートでは夏でもハイネックを着てました、跡が消えなくて。怖くて、怖くて仕方がなかった」

「……ごめんね、何もしらなくて凌と同じ部屋に居させた」

「違います。詩織さんがセックスしてる音を聞きながら、凌さんに首を絞められて殴られてるんじゃないかって怖くて。私ずっとふたりがセックスするときはドアの前で声を聞いてました。詩織さんが首を絞められたら、殴られたら、私が代わりに行こうって。詩織さんじゃなくて私なら慣れてるから」


 私はその言葉に首を振る。


「……バカ」

「守って貰ってるから、絶対に守ろうと決めてました。だから良かった。詩織さんにはそんなことしてなくて」

「バカよ、あなたはバカ、バカなんじゃないの、バカ!!」

「もっと罵ってください。今まで優しくしてもらって、ありがとうございました」


 そう言って菜々美さんは深々と頭を下げた。

 私はその菜々美さんに歩み寄って抱きしめる。

 菜々美さんの身体は氷みたいに冷え切っていて、私はその身体を慈しむように抱きしめた。

 菜々美さんは震えながら、


「バカなのは、詩織さんです。私を殴って蹴飛ばして追い出すべきです」

「身体が冷えたわね。帰りましょう」


 私が抱きしめて菜々美さんの顔を見ると、菜々美さんは真顔で黙っている。

 肩を抱いて歩き始めようとしたら、菜々美さんは押されるように歩き始めて、


「あの詩織さん……実はさっきから……骨盤を殴るみたいな痛みがあるんですけど……これは……世に言う陣痛ですか?」

「えっ?! 今?! いつから?!」

「さっきから……です。さっきからなんか……今までにない……なんでしょう……これは……痛い……」

「たぶん陣痛よ。えっ……出産用の荷物はまとめてあるわよね? 家に一回帰りましょう」


 私がそう言うと菜々美さんは「ぷっ」と笑い、


「この切り替え速度……どうなってるんですか」

「陣痛きっと長いわ。その間に、ゆっくり話しましょう。とりあえず一回帰りましょう」


 私は菜々美さんの冷え切った手を柔らかく握った。



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― 新着の感想 ―
菜々美さんのDVの跡はどういうことだろう?って思ってたので、この事情は衝撃 そしてリボンマートは売春させてたんですか…… これ、本当にこれまで浮気してきた相手一人じゃない可能性ありますね……体を使った…
>この切り替え速度……どうなってるんですか  その時、読者の想いがひとつになった。
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