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私が産んでない私の子 ~見知らぬ女が旦那の子を妊娠したと言ってきた~  作者: コイル@オタク同僚発売中


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16/19

昨日の私と、今日の私と

「んんんっ! 焼き小籠包、汁がすごいですっ……!」

「セブンこれめっちゃ熱いから」

「っ……! あっつ、あっつい、あっついです詩織さんーー!」

「お水飲みなさい。笹木さんが最初に注意してたでしょう」

「ここまで熱いなんて~~~」


 そう言って菜々美さんは笑顔で泣いた。

 ライブハウスを見学して、その後音楽教室の子たちと菜々美さんは延々と歌った。

 夕飯は家で食べるつもりだったけど、もう夜になってしまい、諦めて笹木さんと私と菜々美さんの三人で下北沢で夕飯を食べることにした。

 そこは下北沢の駅から数分歩いた所にある線路跡を活用したような細長い建物で、通路には台湾や香港風の装飾がされ、各国の料理店が並んでいる。

 笹木さんは「いつも下北沢にくるとここで焼き小籠包食べます!」と私たちを連れていてくれた。

 店内にも席はあるけど混んでいたので、私たちは店外の通路にある席に三人で座っている。

 ひっきりなしに横を人が通るし、すぐ横は他の店だし、のんびり食事……という空間ではないけど、菜々美さんは焼き小籠包の汁を吸いながら、


「おいちい……最高……」

「セブン~~、セブンと食事ができる日がくるなんて~~」

「いえいえ、本当に覚えてくれる人がいて嬉しいです。マジ歌ってるだけなんで」

「痩せてるっ! 痩せすぎてるからほらもっと食べて!」

「いただきますっ!」


 笹木さんは菜々美さんと話して食事出来るのが嬉しいようで、次から次へと食べ物が机に置かれる。

 私は「この店では台湾ビール!」と笹木さんに押し切られて、久しぶりに生ぬるいビールをのみながら焼き小籠包を食べている。

 うん、確かに美味しいけれど……、


「塩分がかなり高くない? これ。妊婦に大丈夫なのかしら」

 ビールをカッと飲んだ笹木さんは私を見て、

「詩織さんは妊娠したら草しか食べそうにない。毎日食べてたらアウトですけどたまになら大丈夫ですよ」

 焼き小籠包をモグモグ食べていた菜々美さんが、

「笹木っちは子どもいるんだ」

「はい笹木っちが答えます! 私は三人いますよー。今は義母と旦那に丸任せして飲んでますけどお~」

「三人すごい、これを三回、やばいすごい」

「私は妊娠が超イージーで臨月までゴリゴリ働けて出産も子宮口もパーンって開いて楽に産めて産後もスパーンと仕事復帰できるモンスタータイプなんで全く参考になりません」

「笹木っち、モンスター!」


 そう言って菜々美さんは両手をパチパチと叩いた。

 お店でうるさい……とどこか思ってしまうけど、ここは通路でそれ以上に外がうるさい。

 酔っ払いがすぐ横を歩き、通りすがりの人たちが、菜々美さんと笹木さんに声をかける。

 笹木さんが「うっせー消えろ!」と即返答して、ついでに五杯目のビールをお替わりする。

 やがてふたりは延々と音楽論を話し始めて、ビール瓶をマイクに素面の菜々美さんが歌い、酔った笹木さんはまた泣き始めた。

 横の席の人や、通路を挟んだお店の人たちまで拍手をはじめてもう何が何だか分からない。

 うるさくないかしら……と心配していたのは最初の30分、あとは笹木さんに頼まれて動画撮影係として笑ってすごした。



「今、下を向いたらですね、形そのままの焼き小籠包がポロンと出てきます!」

「あはははは笹木っち最高。マーライオン焼き小籠包!」

「ほええええ!! じゃあ帰ります、はいタクシー! ありがとう給料!」


 叫んでタクシーを探し始めた笹木さんは、そのまま菜々美さんに抱きついた。

 菜々美さんはふわりと笹木さんを抱きしめた。笹木さんは菜々美さんに抱きついて、


「セブンが戻ってきてよかった。必ずあそこに戻りましょう」

「ありがとうございます、めっちゃモチベになりました」


 さっきまで酔って叫んでいたふたりは静かに言葉を交わして、笹木さんはタクシーに乗って帰って行った。

 苦笑しながら去って行くタクシーを見送っていると、私の腕に菜々美さんがしがみつき、手を握ってきた。

「楽しかったです」

 私は菜々美さんの手を握り返して歩き始めて、

「大学時代でもここまで狂った飲み会に参加したことないわ」

「笹木さんと同じ大学なんですよね?」

「ゼミでは静かに飲んでたわよ。そもそも音楽が趣味だなんて知らなかったもの」

「別の顔だ。じゃあここからもっと楽しめていいですね」


 そう言って菜々美さんは私の腕にしがみ付いた。

 私はそういう考え方もあるか……と手を繋いだまま歩き出した。

 少し酔っていて、夏が終わり秋の匂いがする空気が心地よい。

 菜々美さんが歩きながら鼻を鳴らして、大きく息を吸い込んだ。


「雨がきますね」

「え? 今日は一日晴れ予報よ」

「夜だから雲が見えないんです。遮られて見えないだけで、そこにはきっと真っ黒な雲があります」

「そんな……わ、ゲリラ豪雨が来てるわ。でもまだ遠い。すごいわね」

「東京は雨が降る前の匂いがすぐにします。きっとビルに閉じ込められて空が近い」


 そう言って菜々美さんは私の手を握った。

 その言い方が何か寂しそうで、


「栃木は空が広いの?」

「空と森しかないです。春の梅に夏の雑草、秋の湿度が抜けて行く風と、冬の霜で湿った土、季節はすべて匂いで感じてました。それにおばあちゃんは天気を気にしない人だったから、いつも洗濯物が濡れて。だから外の匂いを嗅ぐクセが抜けないんです。あ、家の洗濯物は大丈夫ですか?」

「凌がいるもの」


 私は遠くに光る稲光を見ながら静かに呟いた。

 私たちが電車に乗った時に、ちょうど雷が鳴り、雨がふりはじめた。

 菜々美さんは私と手を繋いだまま目を閉じて軽く眠っているように見えた。

 私は雷と雨で濡れる車窓の景色をぼんやりと見ていた。

 酔っていてどこか気持ち良くて、雨で歪んだ景色を見せる稲光が美しい。


 降り始めた雨は最寄り駅に着く頃には小雨になっていたが、私たちはバスに乗って帰宅することにした。

 私はタクシーに乗ろうと思ったけど、菜々美さんが「深夜バスに乗りたい!」と希望したのだ。

 暗い道を走って駅に来るバスを見て、静かに「宇宙船が迎えに来たみたいだって思いません?」と言った。

 確かにもう遅い時間で、駅前の店は営業を終了している。暗闇の中を走っている発光した乗り物……まあ宇宙船と言えなくも無い。

 バスを駅前で20分待ったり、去って行くバスを見ていたりしたら想定していたよりかなり遅い帰宅になってしまった。

 玄関の鍵を開けようとすると、中から開いて凌が顔を出した。


「おかえり。雨大丈夫だったか?」

「ただいま、もう止んでるけどバスにしたから遅くなっちゃった。ごめんね夕飯、突然外で食べることになって」


 私は答えながら靴を脱いだ。

 菜々美さんはさっきまで楽しそうに鼻歌を歌っていたけれど、家に帰ってきた瞬間に静かになり軽く頭を下げて、そのまま客間に走って入って行った。

 菜々美さんは三人でいることを極力避けているように感じる。

 それはさっきまで私が持っていた音が出る花束が、ふわりと消えてしまったような妙な感覚にさせる。

 お風呂に入り、リビングに戻ると、凌が抱きしめてきた。


「……珍しい、詩織がお酒臭い」

「ごめんね、結構飲んだの」

 目を丸くした凌が私の頬に軽くキスをして一緒にソファーに座る。

「珍しい。詩織が顔も赤くなるくらい飲むなんて」


 改めて言われると、確かに私は外でそこまで飲まないかもしれない。

 でも正直私の責任ではない。私は鞄をソファーに置いて、


「笹木さんがすごくて」

「笹木?! え、あいつそんなに飲むの?」

「そうね、楽しそうだった」

「へええ~~、仕事ではあんま見たこと無いな」


 私と笹木さんは大学でのひとつ違いだけど、凌と笹木さんは同僚だ。

 だからふたりの共通の知り合いという枠になる。今日の服装と会ったことは、かなりギャップがあるだろうし、それを会社の人に知られるのは私生活を暴露するようなもの。私だから見せてくれた姿だろうから、これ以上言うのは辞めた。

 凌は私を後ろから抱っこして首筋にキスしながら、


「……俺も詩織とデートしたい。今日寂しかった」


 その言い方が完全にすねていて、私は慌てて凌のほうを見る。


「来週は? 私は暇よ」

「大丈夫だ。よし、じゃあ来週は俺とデートな。約束だ」


 そう言って凌は私の唇に甘くキスをした。

 酔っているのもあって、心地が良い。




 次の週末。私たちは久しぶりにふたりでデートすることになった。

 結婚してから五年も経つと、ふたりで出かけるのは日常になり、オシャレして出かけることは減っていた。

 そもそも平日忙しく働いているので休日は溜まった家事をする必要がある。凌とオシャレしてメイクしてお出かけなど、全くしてなかった。

 でも凌が「週末はデートだ」と宣言して、家から一緒に出るのではなく外で待ち合わせすることにした。

 だから私は久しぶりに着てなかったワンピースを取り出して、しっかりと髪の毛を整えてメイクもして天王洲アイル駅に来た。

 待ち合わせ場所にいくと、シンプルなパンツだけど質が良く、それにちゃんとアイロンがかかったシャツを着た凌が待っていた。

 ……カッコいい。

 そういえば結婚する前、凌はいつもこういう雰囲気だった。

 センスが良い高いものをしっかりと身につけていて、それが嫌みではなく、私は駅で待っている凌を見るのが好きだった。

 声をかけられなくて少し遠くから見ていると、凌が私に気がついて目尻を下げて、


「詩織。可愛い」

「……ありがとう」


 凌は私を見つけて走り寄ってきて、手を繋いでくれた。

 凌は私を見て、


「すげえ俺好みの女の人がいるな……と思ったら詩織だった、良かった」

「危うくナンパするところだった?」

「そう。俺の奥さんになりませんか? って声かけるところだった。どうかな、俺の奥さんになりませんか?」

「どうかなーー。仕事ばっかりして帰ってこないし、食べた食器も出しっぱなしだし、食洗機に適当にいれたお箸が折れてましたよー?」

「え、ごめん、どの箸?」

「水色の」

「え、詩織が気に入ってるやつだ。買い直そうか」

「ナンパじゃなくなってる。でもね、私も待ってる凌を見てカッコいいって思ったよ」


 私がそう言うと凌は笑顔になり、私のおでこに優しくキスをして「嬉しい。でも箸は買い直そう。あれ耐熱って書いてあったのにな」と生活感満載の愚痴を言った。

 ふたりで綺麗にしてきたのにそんな会話で笑ってしまう。

 凌が連れて行ってくれたのは、


「……わあ、すごい。なにこれ、すごく綺麗」

「詩織はこういうの好きだろ」

「好き。わあ……すごい……すごいのね」


 壁一面に繊細なグラデーションで色が入った瓶が並んでいる。

 鉄鉱石、雪花石膏、藍銅鉱、孔雀石……すべて日本画の岩絵具……天然鉱物を砕いたものが並べられていた。

 朱色の濃いものから薄い物まで、青ひとつ取っても銅の炭酸塩、マラカイト、青海波石……多種多様な鉱物と色がそこに並んでいた。

 私は絵画を見に行くのが好きで、凌と付き合いはじめたころはいつも美術館に行っていた。

 凌は私を見て、


「詩織はこういうの見るとテンションあがるタイプだと思って」

「すごい、天王洲アイルだから何かのアート展に連れて行ってくれると思ったのに、ここなんだ、すてき、好き」


 私がそう言うと凌はふわりと微笑んで手を握ってくれた。

 絵が描けるわけではない、ただ鉱物を使って色を塗るという事実が好き。

 だってその絵に含まれている鉱物はその時代のものだけど、今ここにもある。

 時を越えて同じものがここにある……その事実にロマンを感じる。

 グラデーションになっているけれど、白を混ぜて薄くしているわけではない。

 そういう鉱物があり、それを使って塗っている……という誤魔化しようがない正しさがきっと好きなんだと思う。

 凌は私を和紙のコーナーに連れて行った。

 そこには多種多様な紙が置いてあった。私が美しい紙を手に取ると、店員さんが話しかけてきた。


「これは墨流し和紙と言います。絵の具を水面に浮かせて波紋を作り、それを紙に写し取る技法です」

「水面に浮かんでいた絵の具をそのまま紙に移したってことですか?」

「そうです。これは江戸の藍と京の青磁を使ってます」

「すごい」


 そういう知識を聞いているだけで楽しい。

 そしてこういうお店や場所を私が好きだと思って選んでくれた凌のセンスも嬉しい。次にキラキラとした紙を手に取ると、


「キラ引き。綺麗だよな」


 と凌が言った。

 私は目を丸くする。

 凌が和紙に詳しいなんて知らなかった。

 凌と話したくて、


「キラ? このキラキラしている線のこと?」

「そうキラって言うんだけど、雲の母って書いてキラって読むんだ」

「雲母? どうやってもキラなんて読めないじゃない」

 私がそう言うと、凌は笑って、

「和紙専門の言葉らしい。和紙のオタクじゃないと知らない言葉らしいよ」

 横にいた店員さんもクスクス笑いながら、

「読めないですよね、専門用語です」

 と笑った。

 キラキラと光るラインが美しい紙を気に入り、何に使うのか全く分からないけれど、和紙の詰め合わせを購入して店を出た。


 そして凌は海が見える美味しいイタリアンを予約していてくれて、ふたりでゆっくりと暮れていく海を見ながら食事をした。

 久しぶりに外でワインを飲んで……何より全部私が好きな食べ物で構成されていて、凌が私のために予約してくれたプランだと分かった。

 それでも私は今日見た岩絵具や和紙の話を菜々美さんにしたら、どんな反応を示すかしら……と酔った頭で少しだけ思った。 

 だって深夜バスをみて宇宙船というなら、岩絵具なんて地球そのものよ。

 きっと彼女はそれに触れる。

 蒼く染まった菜々美さんの指先を想像してしまう。

 そしてなんて言うんだろう……私は菜々美さんじゃないから想像できないや。

 


「ごちそうさまでした」

「美味しかったな。それに楽しかった。月に一度はデートしよう」


 そう言って凌は店を出た私を抱き寄せた。

 先週はまだ夏の終わりだったのに、今日は風が冷たくて間違いなく秋だと分かる。

 月に一度はデートしよう。そう言われて、でも結果が12月には出る……と心のどこかで思ってしまう。

 私が答えられずにいると凌はそれに気がついて、


「信じてほしい。ずっと一緒だ」

「……ん」


 私は軽く頷いた。

 私は少し冷たくなった空気を吸い込んで、川沿いの道をゆっくり歩きながら、はじめて声を出して道で鼻歌を歌った。

 声が川の流れと一緒に後ろへ、後ろへ流れていく。

 小さくて川の流れや、電車の音のほうが大きくて、あまり響かない。

 それでも気持ち良くて、私は鼻歌を歌いながら菜々美さんみたいに歩いた。

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 雲母、普通は「うんも」だもんね。
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