玖. 神風(かみかぜ)の顕現
六代の策略は、見事に元と高麗の連合軍を招き寄せた。鎌倉の北条執権は、朝廷の混乱と内紛の最中に、この未曾有の国難に直面する。
六代は、この絶望的な状況こそが、自らの「異能の力」を最大限に誇示し、北条氏、そして日本の歴史そのものに平家の存在を永遠に刻み込む、唯一の機会だと確信した。
元軍の第一陣が、九州北部の沿岸に迫り、武士団が迎撃体制を敷き始めた、まさにその時。六代は、極めて危険な賭けに出た。彼は、異形の眷属を伴い、最前線を指揮していた北条氏の実力者へと、直接接触を図った。
深夜の野営地。六代は、草薙の剣を背に、異様な面を被った従者を従え、北条氏の総大将の前に現れた。
総大将は、あまりに異様な六代の姿と、彼から放たれる常人ではない気迫に、恐怖を覚えた。
「貴様は何者だ! 平家の残党か!」総大将は刀に手をかけた。
六代は冷静に言い放ちた。
「私は、壇ノ浦を生き延びた平家の血脈、六代。そして、この国を海の向こうの『異神』から守る、最後の力を持っている者だ」
六代は、北条氏が内部対立と朝廷の混乱で疲弊しきっていること、そして、彼らの武力だけでは、元の圧倒的な兵力と、異国の戦術には太刀打ちできないことを突きつけた。
「あなた方の力は、人の世でしか通用しない。この元の大軍は、あなた方が知る『人』の戦いではない。彼らは、異界の神に魅入られ、貪欲に駆られている。これを打ち払うには、人の理を超えた力が必要だ」
六代は、草薙の剣を抜き、その禍々しい輝きを総大将に向けた。
「我らは、源氏への復讐を果たした。次は、この国を守る大義を果たす。私に力を与えれば、この元の大軍を、一瞬で海に沈めてみせよう。さもなくば、北条氏もろとも、この日本は海の藻屑となる」
総大将は、すでに国難による重圧と、京での混乱、そして六代から発せられる尋常ではない威圧感に、判断力を失っていた。彼は、目の前の脅威を打ち払うため、六代の提案を、一時的な『神助』として受け入れることを決意した。
取引が成立した直後、元軍の主力艦隊が、攻撃準備のため沖合に展開した。海面は穏やかで、元の侵略者にとって、これ以上の好条件はなかった。
六代は、海岸線の最も高い岩場に立ち、草薙の剣を両手で天に掲げた。その姿は、狂気を宿した古代の祭司そのもの。
彼は、鬼界ヶ窟で学んだ、クトゥルーの異能を最大限に発動させた。それは、「深淵の神」の力を、草薙の剣という「日本の神威」を増幅器として、この世の気象に干渉させる、究極の術であった。
六代が、人の耳には聞こえない、異界の言語を絶叫した瞬間、沖合の空気が、まるで割れるかのように変質した。
穏やかだった海上に、突然、黒い巨大な渦が出現した。それは、通常の嵐や台風とは異なり、局所的で、異常な速度で発達する。
渦潮の中の海水は、異界の力により粘度が増し、元の船体を絡め取り、動きを鈍らせた。
渦は瞬く間に巨大な暴風雨へと成長し、その風は、日本の神々が怒り狂ったかのような、尋常ではない烈風となり、元の船団を容赦なく襲いた。
元の兵士たちは、この不可解な天変地異にパニックに陥り、訓練された船団は、制御を失い、互いに衝突し、次々と海の藻屑となっていった。
六代が引き起こしたこの「神風」は、元の軍勢を完全に撃破し、彼らの侵略を頓挫させるのに充分な衝撃を与えた。
この驚異的な出来事は、日本の武士たちに「六代が神の力を持つ」という強烈な印象を植え付けた。北条氏は、国難を救った六代の力を無視できなくなり、彼を単なる残党ではなく、「異能の守護者」として認めざるを得ない状況に追い込まれた。
六代は、北条氏に「源氏を討ち、国難を救った平家」という二重の業績を、畏怖と共に認めさせ、壇ノ浦で失った平家の存在感を、日本中に再認識させることに成功したのであった。




