伍. 京の都、幻惑の波動
草薙の剣という「増幅器」を手に入れた六代は、源氏の中枢を突き崩す最初の標的を、京の都、すなわち後白河天皇を抱える政治の中心地に定めた。
鎌倉の源頼朝は武士を束ねる棟梁であるが、彼が全国支配の「正統性」を得るためには、京の朝廷、特に天皇の権威が必要不可欠だった。京を混乱させ、朝廷の権威を失墜させれば、頼朝の足元から崩壊が始まる。六代はそう見抜いた。
草薙の剣を依代とし、鬼界ヶ窟で得た「幻惑の波動」を京へと放った。この術により人の心の奥深くにある『不安』と『業』を増幅させ、現実と幻の区別を曖昧にする。
まずは政治的権威の象徴である後白河天皇。この世の理から離れた天皇の心に、平家が受けた怨念とクトゥルーの狂気の片鱗を直接植え付ける。
夜ごと、後白河天皇は恐ろしい悪夢に苛まれるようになった。
天皇の寝床の周りを、壇ノ浦で沈んだ安徳帝や平宗盛の亡霊が取り囲み、「そなたの裏切りが我らを滅ぼした」と責め立てる。
夢の中で、天皇の目に映るのは、人の世にはあり得ない、巨大な触手や異様な眼を持つ異形の神々の影。その神々が、天皇が頼朝に与えた『権威』を食い破る光景。
天皇は日増しに体調を崩し、現実の朝議でも、常に顔色を失い、自分の周囲の公家や僧侶が、みな平家の亡霊に見えるようになる。これにより、政務は停滞し、京の政権は機能不全に陥り始めました。
同時に源義経の残党と鎌倉の代官。彼ら京の治安と鎌倉との連絡を担う実務者たちの精神を侵食し、互いに疑心暗鬼に陥らせた。
京に駐在する鎌倉の代官や、義経を追うために残された武士たちにも、幻惑の波動は容赦なく襲いかかる。
彼らは、自分の最も信頼していた部下や同僚が、夜な夜な平家の残党と密会している幻影幻聴を見るようになった。
「あやつは、銭で平家と通じているのではないか」
「いや、あの者は、かつて平家方の武士と親戚関係にあったはずだ」
「たしかに聞いた。平家残党と話しているのを」
些細な噂や嫉妬が、幻惑の波動によって増幅され、代官たちは互いに『謀反人』ではないかと疑い始めます。やがて、彼らは互いを牽制し合い、誤解に基づく武力衝突が京の都のあちこちで起こり始めました。
六代は、この混乱をさらに加速させるため、異形の従者たちを京の闇に放つ。彼らは、人の目に触れぬよう、深夜の京の屋根裏や路地裏を這い回り、代官たちの宿所に「平家の密書」を偽造してばら撒き、火に油を注ぎます。
「源氏が自ら、己の首を絞める」
潮待ちの里でその報告を受けた六代は、草薙の剣を握りしめ、冷たい笑みを浮かべました。京の混乱は、鎌倉の頼朝に深刻な疑念を抱かせ、彼の統一事業に最初の亀裂を入れることになだろう。




