表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
平家物語・潮騒の残響  作者: 原田広


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/11

参. 鬼界ヶ窟の深淵

六代(ろくだい)は、里人の恐怖と懐疑の視線を受け止めながら、冷静に言い放った。彼の瞳には、すでに人の世の理とは隔絶した、深遠なるものが映っているかのようだった。

「その通りだ。この鬼界ヶ窟(きかいがくつ)には、人の世よりはるか昔、深淵なる空からこの地に落ち、封じられた存在がいる。里の者たちが『鬼』と呼んで畏れる、真の名を『クトゥルー』という」

周囲のざわめきが、一瞬にして冷たい静寂へと変わった。里人たちは、単なる山神や妖怪の類ではなく、根源的な恐怖の対象の名を聞かされたのだ。

「クトゥルー……それは、まさか、都で密かに語られていた、『異界の神々』の伝説か?」清親は、その名に戦慄しながらも、興味を抑えきれずに尋ねた。

六代(ろくだい)は深く頷いた。

「平家は、その力の源泉を人ならざる者たちに求めた。清盛公が日宋貿易を推し進めたのも、ただ富のためではない。海を渡り、異国の秘宝と、そして、異界の知識を求めたのだ。鬼界ヶ窟(きかいがくつ)は、その知識と、『彼ら』を繋ぐための『鍵』が隠された場所だ」


その夜、里の最年長の女房が震えながら、六代(ろくだい)に古い巻物を差し出した。それは、清盛が厳重に隠し持っていたとされる、異様な記号と図形が記された『古写本』であった。

六代(ろくだい)様……これは、清盛公が『海神の盟約』と呼んでいたものです。これを開く時、もはや人の道は……」

「我らに、人の道など残されていない」六代(ろくだい)は断言した。

六代(ろくだい)は、選ばれた数人の屈強な若者と清親を伴い、鬼界ヶ窟(きかいがくつ)の最も深い洞窟へと向かった。洞窟の奥深くには、古代の巨岩に刻まれた、見る者の精神を冒涜するような、おぞましい紋様が広がっていた。

六代(ろくだい)は巻物を広げ、そこに記された、人の喉では発音不可能な『言語』を、震えることなく唱え始めた。それは、星辰の配置が特定の軌道を描く時にのみ、異界へと通じる、召喚の儀式であった。

「Ph'nglui mglw'nafh Cthulhu R'lyeh wgah'nagl fhtagn...」

呪文が響き渡るにつれて、洞窟内の空気は粘着質になり、異常な重力と寒気が彼らを襲った。そして、最も深淵なる場所から、音とも振動ともつかない、巨大な『囁き』が、直接、彼らの魂に響き渡った。

それは、恐怖、狂気、そして、途方もない知識の奔流であった。

「……我らの要求は、ただ一つ」六代(ろくだい)は、狂気に晒されながらも、鋼の意志で叫び返した。


六代(ろくだい)がクトゥルーから得ようとするものは、単なる武力ではない。それは、源氏を滅ぼすための、三つの根源的な力であった。


ひとつ、時空を歪める『秘匿(ひとく)の術』

源氏の追討の手を完全に掻い潜り、鎌倉の厳重な警戒網を、まるで存在しないかのように通り抜けるための異界の技術。

ひとつ、人々の心を狂わせる『幻惑(げんわく)の波動』

源氏の兵士や、京の公家たちの精神に干渉し、彼らの間で疑心暗鬼と内部崩壊を引き起こすための、精神操作の力。

ひとつ、異形なる『従者』

人ならざる姿と能力を持ち、人の世の刀剣では傷つけられない、強力な『眷属けんぞく』。彼らを、平家の復讐の尖兵とする。


六代(ろくだい)は、自らの魂の一部を代償として、この邪悪な神と契約した。

儀式が終わり、六代(ろくだい)が洞窟から出た時、彼の瞳の色は、それまでの青年の色ではなく、夜の海のような、深遠で、何もかもを見透かす色に変貌していた。

彼はもはや、ただの平家の残党ではない。

「京へ……鎌倉へ。源氏が、人の世の理で築いた全てを、人の理を超えた力で、崩壊させる」

六代(ろくだい)の背後には、闇夜に溶け込むような異形の影が、無言で付き従っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ