弐. 非力と異能
六代の決意に満ちた宣言は、焚き火の周りの残党たちを静まり返らせた。彼らは皆、かつて都で平家が振るった武威を知っている。そして、現在の己らが、その武威の残骸に過ぎないことも、痛いほど理解していた。
老女房の一人が、顔を青ざめさせながら声を絞り出した。
「六代様……無謀にございます。源氏の兵は、鎌倉に集結しております。京には公家どもを取り込むための頼朝様の代官が目を光らせ、各地に配された地頭は、我ら一門を血眼になって捜している。今の我らが、刀を抜けば、里は瞬く間に滅びます」
清親もまた、兄の前に膝をついた。
「兄上のお気持ちは分かります。ですが、私たちが持っているのは、漁に使う小舟と、錆びた刀、そしてこの地の利のみ。源氏に一矢報いるどころか、里から一歩出れば、ただの餌食です」
六代は、彼らの現実的な恐れを静かに受け止めた。彼は、ただ感情に駆られて行動するような、軽率な若者ではない。父の死、一門の滅亡を肌で感じ、深く熟慮を重ねていた。
「皆の言う通りだ」六代は頷いた。「我らは、非力。このまま、人の力だけで源氏に戦いを挑むことは、確かに無謀である」
彼は、夜の海に向けられた鋭い視線を、焚き火の炎に移した。その炎は、わずかな風にも揺らぎ、今にも消えそうであった。
「故に、我らは人の力を超えた異能を借りねばならぬ」
その言葉に、里の人々はざわめき出した。「異能?」「人ならず者?」――彼らは、平家が京で栄えた頃、都の暗部で語られていた、恐ろしい伝説や秘術を思い浮かべた。
「皆は、平家が都を治めた理由が、単に武力や官位のためだと思っているのか?」六代の声が里全体に響き渡った。
「清盛公は、瀬戸内海の荒波を鎮め、日宋貿易で莫大な富を築いた。その陰には、古来よりこの国の山河に潜む、畏るべき存在との『契約』があったことを、知る者は少ない」
六代は、潮待ちの里が、ただの隠れ里ではないことを示唆した。
「この薩摩の地は、九州でも特に山深く、古代からの信仰と、鬼、妖が息づく場所だ。そして、平家の血には、それら異形の者たちと心を通わせる、秘められた力が流れている」
彼は、里人たちに静かに語りかける。
「我らが求めるのは、人の世の武力ではない。源氏の追討の手をすり抜け、京の闇を駆け、鎌倉の防衛を破る、人ならざる力。怨念を力に変え、彼らの魂を、この潮の渦へと引きずり込む力だ」
六代は、ふたたび潮騒の響く暗い海へと視線を戻した。
「この潮待ちの里の奥、『鬼界ヶ窟』と呼ばれる禁足地がある。そこに、源氏追討を可能にする、ただ一つの道が隠されている。我らは今より、その『異能』を呼び覚ますための準備に入る」
彼は、非力であるという事実を否定せず、むしろそれを原動力として、常識の外にある力、すなわち「人ならざる者」との接触を試みることを決断したのだ。




