第六話:次の「聖域」、移動する信仰と究極権能の兆し
カインは、聖女エリカという絶対的な依代と、安定した信仰の集積拠点であるグレインを確立した。彼の次の目的は、自身の『信仰』ステータスを飛躍的に高め、上位の究極権能を解放することだった。
彼はその存在を、誰かに教えられたわけではない。
「『信仰』の値を上げれば、権能の扉が開く。これは世界法則の定数だ。システムが10,000,000で『時間停止』を示した以上、その先にある究極の到達点が存在しないと考える方が不自然だ」
カインの思考は、システムが示す法則の階層構造を論理的に辿っていた。究極権能の解放に必要な100,000,000の『信仰』を達成するには、グレインでの穏やかな信仰生産だけでは時間がかかりすぎる。
「より大きな法則の書き換えを行い、その結果として発生する巨大な信仰エネルギーのフィードバックを利用する」
カインは、大規模な法則操作による強制的な信仰獲得を計画した。そして、彼はエリカを伴い、旅立つ。
翌朝。
カインは、エリカと共にグレインを出発した。彼女は、カインの隣を歩くことが、神から与えられた新たな使命であると信じ、その瞳は期待に満ちていた。
「代理執行者様、次はどのような御業を?このグレインのように、神の御心が届かぬ場所を救うのですね」
「そうだ、エリカ。次に向かうのは、人々が信仰を失いかけた場所だ。そこでの御業は、グレインとは比べ物にならないほど、根源的な法則に関わることになる」
カインは、歩きながら誰にも見えないシステム画面を操作し続けた。
[信仰:12,500,000]
旅路の末、二人は北方の寒村『リーフ』に到着した。村は痩せ細り、収穫を諦めた農夫たちが、荒れ果てた畑の前でうなだれていた。カインにとって、これは最も効率的な実験場だった。
カインは、村の中央の広場にエリカを立たせ、静かに命じた。
「エリカ。人々に語りかける必要はない。ただ、あなたの純粋な信仰を、俺の力に集中させろ。あなたが信じる**『神の恵み』**の全てを、この空間に呼び込め」
エリカは、カインの言葉通り、目を閉じて深く祈りを捧げた。彼女の純粋な信仰心が、カインが体外に放出する**『信仰』の波動**と共鳴し始めた。
カインは、自身の『信仰』ステータスから、大量のエネルギーを抽出した。
[システム:『信仰』 2,000,000 を消費します。] [システム:消費分の信仰エネルギーを『殉教者 2人分の信仰』として錬成します。]
(恒久的な法則操作を行うには、不可逆的な影響力を持つ『殉教者』の信仰が不可欠だ。これは、神が自身の神格の根幹を書き換えるほどのエネルギー。他の神の権能が出力を上回らない限り、この法則は上書きされない)
カインは、この増幅力を持つ殉教者の信仰を、村の農地全体へと拡散させた。
「権能『法則操作』を起動。殉教者の信仰を、俺自身の権能の出力増幅器として使用する」
[システム:権能『法則操作』を発動します。信仰 20,000 を消費します。] [システム:指定範囲:寒村『リーフ』の農地全体。操作法則:『土壌の地力と気候、一瞬で収穫期に適応可能な状態へと最適化』] [システム:生成された『殉教者 2人分の信仰エネルギー』を媒介とし、神の権能レベルを超える出力で、対象範囲の法則を恒久的に操作します。]
その瞬間、枯れ果てた大地が、豊穣な黒土へと変貌し、畑には作物が瞬時に成熟した。
驚愕した村人たちが、歓喜と混乱の叫びを上げる中、カインのシステムの記録が鳴り響いた。
[システム:不可逆的な大規模法則操作が成功しました。] [システム:ターゲット集団の絶望から一転、高純度の信仰が爆発的に発生しました。] [システム:信仰 5,000,000 を獲得しました。フィードバック効率:極大。]
たった一回の実験で、カインは急激な信仰の増大を獲得した。
[システム:信仰が 15,000,000 を超えました。権能『瞬間転移』を解放しました。]
カインは、隣で奇跡の光景に打ち震えるエリカを見た。彼女の瞳は、純粋な喜びと、カインへの絶対的な信仰に満ちていた。
「エリカ。次は、さらに大きな法則の根源に触れる。この瞬間転移を使えば、より効率的に世界を救える。俺の力の限界を、この世界に示そう」
カインは、エリカと共に、次の「聖域」を目指すため、解放したばかりの権能に手をかけた。
カインがそう告げると、エリカはぱちりと瞬きをして、その熱狂の光をわずかに曇らせた。
(瞬間転移…?それは、きっと、私のような神官見習いには理解できない、神様の力の専門用語なのね…)
エリカは内心でそう解釈したが、カインの言葉は彼女には少し唐突に聞こえた。奇跡の直後で、村人たちに神の御心を伝えなければならない大事な時だというのに、代理執行者様は、まるで次の予定を急ぐように、難しそうな言葉を並べている。
「代理執行者様」エリカはそっとカインの袖を引いた。「その…瞬間転移とやらは、後でもよろしいでしょうか?」
カインは、無機質なシステムの解析に集中していた意識を、不意に現実に引き戻されたような顔をした。
「なぜだ、エリカ。これがあれば、次の『聖域』に一瞬で移動できる。この効率を逃すのは…」
「効率、ですか…」エリカは困ったように微笑んだ。
(代理執行者様は、本当に神様の御心と効率を同じくらい大切にされる方なのね。でも、人の心は、そんなに効率的ではありません)
「代理執行者様は、このリーフ村の人々が、どれほど深い絶望から救われたか、見ていただけてますか?」
エリカはそっと広場を指差した。
「彼らは、神様が本当にいると信じられず、信仰心が枯れ果てていたのです。その人たちに、ただ奇跡を見せて去っては、神の愛は伝わりません」
「…つまり、彼らが信仰を定着させる時間が必要だと?」
カインは、システムではなく、エリカという『依代』を通して初めて、人間の信仰の機微を理解したような顔をした。
「はい。神の愛とは、ただ奇跡を与えるだけでなく、寄り添うことで初めて定着します」
エリカは穏やかに続けた。「それに、次の村で瞬間転移とやらで突然現れたら、村人は驚いてしまうでしょう。それでは、神の権威が『手品』と間違われてしまいます」
カインは、その純粋で、しかし的を射た意見に、無言で頷いた。彼にとって、人々の感情の機微や布教のプロセスは、システムに表示されない「ノイズ」に過ぎなかったが、エリカはそれを完璧に理解していた。
「分かった、エリカ。確かに、お前の言う通りだ。俺の法則操作は完璧だが、信仰の運用に関しては、お前の純粋さが勝る」
カインは、無機質な表情を緩め、どこか諦めたような、しかしわずかに人間らしい温かさを含んだ目線でエリカを見た。
(あぁ、代理執行者様は、本当に神様の御心に従って行動しているけれど、どこか世俗の常識がお抜けになられているのね。神様の代理人なのに、まるで初めて人間になった子供みたい…)
エリカは、カインの完璧な力と、その力の運用における**「抜け」**を知り、彼に対する絶対的な畏敬の念の中に、自分が補佐すべき愛おしさを感じていた。
「では、代理執行者様。まずは、このリーフ村に留まりましょう。私から、人々に神の意志を、丁寧に伝えます」
カインは、自身の計画を修正し、新たな権能の試運転を延期した。エリカの存在は、彼の「効率的な支配」を時に妨げるが、同時に、彼の力が世界に定着するための不可欠なクッションとなっていた。




