3.廃墟
「森出たー。萎えー。」
森に入ってから5日ほど経ち、ようやく森を抜けたようだ。
つい先程まで、疲れすら見せずに森の中を散策していたというのに、急に気分を落とした様子である。
が、それも仕方ないことなのかもしれない。
なにせ見渡す限りの荒野なのだ。ちらほらと草木が生えていたり、岩山が目につくが、実質何もないのと同義である。
森の中と比べてしまえば味気ないのも当然で、落胆してしまう気持ちもわかる。
「今度こそお風呂入れないなー。」
どうやらそっちのことだったらしい。
実のところ、森では風呂に入っていたこの男。穴を掘り、水を引き、浄水し、湯を沸かす。これら全てを、彼の装備Niosphを用いてまで行ったのだ。
しかも使った湯は、冷まして浄水してから川に戻すという自然に配慮した徹底ぶり。いったいどこまで風呂に魅せられたのだろうか。
それを考えると、荒野を見ての落胆ぶりも理解できる。
「んー、飛ばしていくかー。」
どうやら方針はあっさり決まったようだ。
「ニオスフー。バイクで行こー。」
その声を認識してNiosphが起動する。
浮かび上がる八つの球体。その内の三つが織り成し、形を成していく。
現れたのは、オフロード仕様のストリートバイク。一般的なオフロードバイクでないのは彼なりのこだわりなのだろう。
「じゃあ行こっかー。」
バイクに跨り唐突にフルスロットル。
そう、まさかのフルスロットルだ。
なにせNiosphバイクはセミオートマチック仕様。マニュアルモードに変更しなければ、基本はオートマチックモードで走行するのだ。
彼は決してクラッチ操作やギア操作が嫌いなわけでも苦手なわけでもない。むしろ好きだし、実際にやる時は驚くほど滑らかなギアチェンジを見せる。
ならばマニュアル仕様だけでいいような気もするが、そこは彼が己の気分屋な面を理解しているが故に、セミオートマチック仕様になっているのだろう。
今回は早く荒野を抜けたいし、荒野なんかで繊細な運転を楽しむ余力がない。というより面倒な気持ちが大半なのだろう。
それからバイクを走らせて数日後。未だ荒野は続いているのだが、景色に変化が訪れた。
「おー、おー?なんだろあれー。」
見えてきたのは街、ではなくその廃墟。
それでも何もないのと比べると、気分は幾分マシであろう。
その証拠に、彼の表情は明るい。たぶん。
「見たことない構造だなー。俺の時代とは違うなー。」
どうやら彼の時代とは別の時代の文明らしい。
遠くから見た建築物だけでそれを判断できるあたり、この男はやはり優秀なのかもしれない。
彼の時代の建築様式、その全てを網羅していなければ、確信的な発言には繋がらないはずであろうから。
「文字も見たことないしなー。やっぱ違う時代だー。」
近づいてから見えるようになった、所々に書かれていたり、刻まれていたり、はたまた映し出されている文字を見て確信したようだ。
「適当言ったら合ってたー。がははー。」
前言撤回。こいつはやはりアホだ。
そもそも一人旅なのに適当こく必要がどこにあるというのか。
情緒がイカれてしまったのかもしれない。否、それは元々そうであったか。
「えー。これもしかして言葉通じないのかー。」
文字を見て気づいたらしい。
それはそうだろう。文明が幾度となく滅んでは移り変わっているのだ。民族的にも血筋の大部分が異なるはずである。
部分的に名残があったり、一致する可能性は否定できないが、基本形は違っていると考えていいだろう。
「詰んでてわろたー。」
言葉とは裏腹に、非常に楽観的である。何か手立てがあるのだろうか。
「漁るかー。なんかあるかなー。」
切り替えの早いこと。言うや否や、踏み入れた廃墟を物色し始めた。
今訪れているこの場所は、彼のいた施設とは違い、しっかりと剥き出しになっているわけだが、この状態にある廃墟が現代人に見つかっていないとは考えにくい。
なによりこの場所は、現代都市からさほど離れているわけではないのだ。
十中八九発見されていると考えていいだろう。
そして現状の保存に注力されていないことから鑑みるに、価値のあるもののほとんどが持ち出されていることだろう。
またそうした状況から、現代人は歴史的遺産の保存より、その活用に重きを置いている可能性が考えられる。
まだこの廃墟を見ただけのため、もちろん断定はできないが。
そういうわけで、現代において廃墟を漁る行為は今のところ問題なさそうである。
「なんもないなー。でっかいところ行くかー。」
どうやら廃墟の街の中央付近に位置する、一際大きな建物に向かうようだ。
そのでっかいところとやらに行ったところで、もう何も残ってなさそうではあるが。
「おー。戦ってるなー。」
どうやら戦闘が起きているらしい。
その様子はこの位置からは全く見えないし、戦闘音すら聞こえてはこないのだが。
いったいどのようにして知覚しているのか。
戦闘を認識したようだが、その後もズカズカと臆することなく進んでいく。
予定通りに大きな建物を目指しているようだ。
それが戦闘に加勢するためなのか、あるいは避けるように遠ざかるためなのか、はたまた情報収集を兼ねた様子見なのか。
やがて目標の建物に到着すると、確かに戦闘音が聞こえるようになった。
どうやらこの建物はかなり防音性が高いらしく、中での戦闘音が僅かに漏れ出ているだけのようだ。
彼はそれを全く気にする素振りも見せず、これまでと同様に漁るつもりのようだ。
神経が図太いというか肝が据わっているというか。歯牙にも掛けないだけなのかもしれないが。
しばらくすると先程まで聞こえていた戦闘音はなくなり、今度は言い争うような怒鳴り声が聞こえてきた。
「おー?」
先程まで我関せずを貫いて漁っていた彼も、さすがに気になるのか様子を見ることにしたようで、声の聞こえる方へ足を運んでいく。
そして、声がはっきりと聞こえる位置までやってくると、こっそりと覗き見るために物陰に隠れた。
言い争っているように見えるのは2組のグループ。片方は、少年1人に少女が3人。もう片方は、男性が3人。
それとそれ以外に、第三者なのか関係者なのかわからないが、近くで様子を見ている一団もある。こちらには十数人の少年少女達と、数人の大人の姿がある。
少年少女といえど、全員が武装しているため扱いは立派な大人なのかもしれないが。
はたして彼らは、なぜこのような廃墟で言い争っているのだろうか。それぞれの関係性はいかに。
敵同士なのか。あるいは味方同士の仲違いなのか。先程までの戦闘音が何か関係していそうではあるが。
「やっぱ言葉わかんないねー。」
どうやら彼にとって関心があるのは言語体系の方らしい。
そもそも戦闘音を聞いて近づいたのも、それを確かめるのが目的だったのかもしれない。
「ふむふむ。何言ってんのかねー。」
それはこちらのセリフである。先程わからないと言ったことを覚えていないのだろうか。心配である。
「ほうほう、ほーうほう。」
したり顔である。なぜそんな表情ができるのか甚だ疑問だ。
「ちょっと理解したー。」
何を言っていることやら。
「訓練なのかー。」
まさか、この短時間で会話の内容を理解したとでも言うのだろうか。
いや、状況から推察したということだろう。
さすがにいくら彼の能力が高いとはいえ、この早さでの言語理解は異常である。
むしろ適当ぬかしている可能性の方が高いだろう。
それにしても、明らかに断定した物言いは引っかかるが。
「ちょっと標本足りないなー。」
まさか本当に学習しているというのか。彼の能力はそれほどまでに高いのか。
そうなると、実はこうした情報収集を目的として、この場に足を運んだ可能性すら考えられる。
「銃かー。進んでるんだなー。」
どうやら彼らの装備品にも関心があるようだ。やはり情報収集が目的だったのだろう。
しかしこの如才なさに腹立たしく感じてしまうはなぜだろうか。
「戦闘見逃したしなー。撃ち合わないかなー。」
突然物騒な野郎である。
しかしこれではっきりしたことがある。彼の目的は情報収集などではなかった。
そうであるならば、漁っている時間を割いて観察に努めればよかったはずである。
それをせずに見逃したと吐かすということは、二の次だったか行き当たりばったりだったかといったところだろう。
「あきたー。」
やはり向こう見ずである。
その後は屋上に行き、最も高い屋根上にわざわざ登って座り込んでしまった。
どうやら休憩するらしい。
はたして登る必要性があったのだろうか。猿でも猫でもそこには登らないだろう。
そうこうしていると、先程までのグループがいくつかの車両に乗り込み、走り去っていく姿が見えた。
時刻から察するに、拠点へ帰還するのだろう。
もしかすると、これを見ることも織り込み済みでの行動だったのかもしれない。
これほどまでにはっきりと帰還方向まで確認できる位置は他にはないだろうし。
いや、単に高い所に登りたかっただけの可能性も拭い切れないが。
「風気持ちいいなー。」
だめだ、理解ができない。
だが帰還する姿は見ていたようだし、これも情報収集の一環となったのは間違いないだろう。




