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第2話『模範解答を噛んだ者』

Shirutera-シルテラというサイトも運営しています。

小説についてはあまり触れていませんが、共通する発信テーマは教育です。

 記録番号:R-0328-α-2


 観察対象:学級【ロジカ=アクティ】 詠唱単元:12-C


 記録者:僕(主観者刻印済)




 その教室には、奇妙な静寂があった。




 静かというより、黙らされているような静けさ。


 文字のように整列された生徒たちが、一斉に口を開いた。




「12-C:統一型応答、模範解答を唱和せよ──」




 教師の合図と同時に、詠唱が始まる。




「責任ある行動とは、上位者の指示を理解し、それに従うことを指します──」




“詠唱”とはいえ、それは魔法ではなかった。


 いや、むしろ“魔法のような教育”だったのかもしれない。


 全員が、全く同じイントネーションで、同じ言葉を繰り返す。




 個性はなかった。間違いも、問い直しもない。




 教室の空気には、すでに“答え”が支配していた。




 僕は教室の隅、記録者席からその様子を観察していた。




 記録紙は、ひとりひとりの発話内容と適合度を測定するためのもの。


 回答内容にズレがある場合、適合率が低下し、記録上の注意マークがつく。




 この日も、いつもと変わらない、はずだった。




 …その瞬間までは。




 全員がC群の正答を終えたころ、一拍遅れて、最後列の男子生徒が口を開いた。




「せ……せきに……」




 ──噛んだ。




 はっきりと、音が崩れた。




 詠唱中に音を乱すことは、この場では“異常”とみなされる。




 ぴたり、と音が止まった。




 生徒たちの顔が一斉にそちらを向く。誰も言葉を発しない。




 教師がゆっくりと視線を上げる。


 その間、男子生徒は口元を押さえたまま、動けずにいた。




 ただの言い間違いではなかった。


 言葉を“噛んだ”のではなく、“喉に詰まらせた”ように見えた。




 あれは、僕には「言いたくなかった」という拒絶に見えた。




 教師の手が掲げられる。




「詠唱中断確認。ギムム適合判定を実行します」




 僕の手が勝手に記録紙に走った。


 ページの上に、機械的な枠組みが印字される──《適合失敗時処理》の項。




 生徒の足元に、淡く発光する陣が浮かび上がる。




 それは美しかった。




 無慈悲なほどに、儀式的に、美しかった。





 光が、足元から立ち上がる。




 男子生徒の制服が揺れることもなく、ただ、輪郭だけが淡くぼやけていく。




 魔法でも、攻撃でもない。




 それはまるで、静かに“消去”されていくようだった。




 生徒本人は、終始無言だった。


 ただ一度、光に包まれる直前に、僕には見えた気がする。




 ──唇が、何かを言おうとしていた。


 けれど音は出なかった。


 もしかしたら、誰にも届かないと知っていたのかもしれない。




「処理完了。詠唱失敗者、適合失格により除籍済」




 教師はそう淡々と告げた。




 僕は手元の記録紙を確認する。




 彼の欄には、薄く、数字のエラーコードが一瞬だけ浮かび、そのあと空白になった。




 名前も、出席番号も、記録から消去されていた。




 席には誰もいない。最初から、誰もいなかったかのように。


 周囲の生徒たちは再び一斉に正面を向き、詠唱を再開した。




「責任ある行動とは……」




 その言葉が、今は呪詛のように響いた。




 僕はその席から目を離せなかった。


 机の表面には、微かに焦げたような跡があった。




 僕の耳に、なぜかその焦げの匂いが届いた。


 感覚が正しければ──これは焼け焦げた紙の香りだ。




 記録者としての義務感なのか、それとも単なる好奇心か。




 僕は立ち上がり、無言のまま席へと歩いた。




 教師も、生徒も、僕の行動には一切反応しない。


 僕だけが、“観察者”としてこの空間に存在を許されている。




 まるで、劇の舞台裏に立つ存在のように。




 机の下に、何かが落ちていた。




 ひらりと裏返る、焦げた紙片。




 拾い上げた僕の指に、かすかに熱が残る。




 そこには、雑に書かれたメモのような走り書きがあった。




【ほんとうの声は どこへいった?】




 手が止まる。




 息をのむ。




 目が離せなかった。




 ポケットの中で、熱が動いた。




 マッチくん──いつもはただ静かにしている彼の、“炎”が揺れた。




 ぱち、と音が鳴ったわけじゃない。


 でも僕にはわかった。彼が、この紙片に反応したことが。




 その小さなマッチの炎が、ほんの一瞬、赤く大きくゆらいだのを僕は見た。




 まるで、「それに僕も気づいていた」と言うように。




 でも彼は、やっぱり何も言わなかった。




 僕を、じっと見ていた──ような気がした。





 僕は焦げた紙片を、記録紙の間に挟んだ。




 本来ならば、観察者の記録は「事実の追記のみ」が許されている。


 感じたこと、考えたこと、心の動き──そんなものは“記録”ではない。




 でも、僕の指は勝手に動いた。




 空欄になったページに、そっと文字を記す。




【詠唱中に音を噛んだ生徒、処理済み──】




 そこまで書いて、ペンが止まった。




 本当に、それだけだったのか?




 あのとき、彼は確かに何かを言おうとしていた。


 もしかしたら、「答え」じゃなく「問い」を吐き出そうとしていたんじゃないか。




 …僕は、その問いに目をそらしていた。




 ページの余白、右下。誰も読まないであろう場所に、書き加える。




【彼は、答えを拒んだ。たったそれだけで、彼はいなくなった。】




 記録紙の端が、じわじわと焦げていく。




 ──焼け焦げるような音はしていないのに。


 でも僕の目には確かに、紙が黒く染まっていくのが見えた。




 マッチくんの炎が、また揺れる。




「それでも、書くんだね」




 僕の耳の奥に、誰かの声が届いたような気がした。




 僕は頷いた。言葉にはしなかったけど。




 その日、教室の名簿には「空席」と記録されていた。




 僕の記録にも、もう彼の名前はない。




 でも、この焦げ跡だけは、確かに残っている。




 もしこの記録が、誰かに読まれる日が来るなら──




 僕は、ここに問いを書き残しておく。




 




【ほんとうの声は、どこへいった?】




よかったらShirutera-シルテラへも行ってみてださい。

https://shirutera.com

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